60

高校2年生の夏休みはとっても短く感じた。人間は歳を取ると時の流れが早くなるというけれど、17歳でこの調子じゃあと10年後にはどうなってしまうんだろう無駄に不安を抱えたりした。部活漬けの生活を送っていた私だったけれど、夏休みの課題は無事に終わらせた。…2日前に。

「そういえばさ」
「ん?」
「あれ、紬でしょ」
「あれとは」
「菅原さんの、タオル。」

夏休みが明け、通常授業も再開。そうなると当たり前に朝練も再開し、夏休みよりもハードな生活にまだ身体が追いついていない。眠すぎる古文の授業をうとうとしながら乗り越えたところで、紬に声を掛けたのは縁下だった。

いつものごとく飄々とした態度で声を掛けるが、紬にとっては少し気恥ずかしいその話題。なんのことか即座に理解した上でとぼけたものの、彼には通用しなかった。

「…な、なんでわかったの」
「男子高校生が持つには可愛いデザインだなって」

渡した次の日から使ってもらえるなんて思ってもいなくて度肝を抜かしたのが今日の朝練のこと。その上、チラッと目があった先輩は私に見せつけるようにそのタオルで汗を拭いて笑うものだから心臓が爆散してしまうかと思ったのだ。

「破壊力がすごかった…」
「よかったじゃん、色々言ってたけどうまく収まって」
「うん!はー、嬉しいよねやっぱり」
「はいはい……」

舞い上がってしまった私を制止するかのように話をぶった斬る力。確かにこの調子では話し続けた結果お昼を買い逃してしまう。今日はお弁当を忘れてしまったので、購買に買いに行かなければならない。そのままの流れで力と一緒に買い物にいくことにした。

うまく収まったか、と言われれば実際収まったのだけど、まだ一つ解決していない問題がある。菅原先輩は結局、どうして私の手を握ったのかということ。あの反応は、自分で言うのもアレだけど私のことを好きな人の反応だと思った。でも、小さなことがきっかけでその自信が一気になくなる時もある。だから期待しないようにしろと私の中の私が言う。どうしよう!と考えれば考えるほど訳が分からなくなり、いつもそこで思考放棄するのだ。


購買にたどり着くと、やっぱりそこは戦場だった。

「力、アンパンお願い!」
「んじゃジュースよろしく」

ここは分業、適材適所。彼と離れて自販機に向かうと、そこもなかなかの混み具合だった。並びながら何を飲もうかと考えていると、紬の肩に誰かの手が触れる。

「? あ、菅原先輩」
「やっほ、購買珍しいな」
「今日お弁当忘れちゃって」
「ふーん…あ、ねぇ、今日暇?」
「暇ですけど……」

今日は部活がオフの日だ。それ以外になんかあったかと思案するけど、特にそれらしきものは思い浮かばなかった。備品はこの間買いに行ったばかりだし、部室もまだそこまで汚くなっていないだろう。

「遊び行かない?」
「へっ」
「色々お礼したいしさ」

にっこり笑った菅原先輩からの言葉に、私は気づいたら頷いていた。

◇◇◇


こんなにドキドキしながら迎えた放課後は初めてかも知れない。沙良に泣き付いたら生暖かい目で見られ「女は度胸!」と突き放された。そんな沙良も体育館点検で部活が休みだから、今日は合コンに初挑戦するらしく自分のことでいっぱいいっぱいそうだった。明日は朝からトークが止まらない気がする。

「お、来た来た」
「すみません、うちの担任話長くって…」

終礼を終えて速攻昇降口に向かうと、菅原先輩は下駄箱に凭れながら立っていた。これ、少女漫画でよく見るやつだ…!って噛み締めながら声をかけると、先輩はこちらにふわりと笑いかける。
また心臓が鷲掴みにされたみたいに苦しくて、こんなんで最後まで持つのだろうか…と心配になった。

普段はあまり乗ることのない地下鉄に乗り、街に出てきた。行き慣れていない場所に好きな人と一緒にいるというだけで浮ついてしまう気持ちを必死に抑えた。平日でも人の多いアーケードを並んで歩きながら、なんでもない会話をゆるりと繰り広げる。
人が多いと言いながらたまに小道に逸れたりして。目的はないかも知れないけれど、こうやって過ごす時間はとっても幸せ。ふと、通りすがったレトロな雰囲気の雑貨屋さんに目を奪われた。

「入ろっか」
「いいんですか?」

扉を開けると、カランとレトロな音がする。そこはキラキラの宝石箱みたいで、素敵な作品が並んでいた。

「いらっしゃいませ」

店員さんが一人だけしかいない小さなお店。一人では入りにくいような気さえする店内も、先輩と一緒だから勇気が湧いた。ペコリと頭を下げると、店員さんは小さく笑って作業に戻っていった。好きに見ていいよ、ってことかな。

ハンドメイドらしき商品たちはどれも素敵だった。ネックレス、リング、ブレスレット、細部までこだわられているであろう作品たちに目を奪われてしまう。

「あ、すみません…私夢中になっちゃって」
「ううん。すげぇな、キラキラ」
「ね。多分手作りですよねぇ、これ…」
「マジ?なおさらすごいわ」

置いてけぼりにしちゃったかもとハッと見ると、菅原先輩は柔らかい表情をしていて安心する。

「わ、これキレー…」

目に入ったのはお花モチーフに石が埋め込まれたもので、キラキラ輝く石はオレンジ色。見る角度を変えると色が変わって見える偏光仕様だった。オレンジってだけで惹かれてしまうのは、やっぱり私が烏野バレー部のマネージャーだからだろうか。

「烏野カラーだな、なんて」
「! 私も同じこと思ってたんです」
「マジ?言ってからちょっときもいなって思ってた」

同じことを考えていて嬉しい。くすくす二人で笑うと、菅原先輩は視線の先にあるネックレスを指先に絡めた。

「待ってて」
「えっ?」

これ、もしかして…そういうことでしょうか。暫くそこで待っていると、すごく楽しそうな先輩が戻ってくる。多分先ほど店員さんから受け取ったばかりの紙袋を、とびきりの笑みで私に渡した。

「プレゼント」
「でも…、」
「お礼したいって言ったべ? 貰って、な?」
「ありがとうございます」

どうしよう、嬉しい。菅原先輩からプレゼントを貰ってしまった。必死に抑えようと思ったけど勝手に口角が上がってしまって、もう隠すの無理だ!と笑ったまま感謝の意を込めて頭を下げた。

「喜んでもらえてよかった」

店を出てすぐ、菅原先輩はくしゃりと髪の毛を撫でる。あぁ、やっぱり心地いいな。
先輩の手は大きくて暖かい。それが自分の手に触れられたとしても、頭に触れられたりしても、胸が鳴るのは変わりない。でもやっぱり嬉しくて、もっと、と思ってしまうんだ。

菅原先輩は「試合の時絶対つけてきてよ」って冗談混じりに言ったけど、元々そのつもりだった。だって先輩がくれたものは宝物になるに決まってるから。そしてこれをつけていたら、普段上にいる私でも先輩の近くにいられる気がしたから。
流石に恥ずかしくてそこまでは言えなかったけど、その分気持ちを込めて頷いた。
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -