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必死に涙を堪えていたら、いつの間にか眠っていたらしい。西日を浴びていた車内はいつの間にか真っ暗になっていた。外を流れる景色は見覚えのあるものになっていて、寝ぼけた頭でももうすぐ我が校に着くのが理解できた。それでも、どうしても窓の外から視線を動かすことはできなかった。

バスが停車し、各自がバスから降りていく音がする。どうしても身体が動かなくてぼうっと窓の外を見つめていたら、誰かが紬の肩を優しく叩いた。

「紬ちゃん、着いたよ」
「…潔子さん、」
「降りよ」

ふんわり笑った潔子さんは、そっと私の肩に手を置いた。それがまるで大丈夫だよと言ってくれているみたいで、またじんわり涙が浮かぶ。振り切るように笑みを浮かべて踏み出した一歩が、どうしようもなく重かった。

「とりあえずお疲れ!」
「「ッした!!!」」
「今日はとっとと帰って飯食って風呂入って寝ること!」
「「ハイ!!」」
「こっからだぞ、お前ら。」

にやりと口角を上げた烏養さんはなんだか満足気だった。無駄にはできない貴重な決定戦への出場権だ。喜んでいいんだよね。そう思って頬を緩めたはずなのに、なんだか口角が引き攣っている気がする。
今日は早く帰ろう。バレー馬鹿な後輩たちはまだ動き足りないと声を上げていたけれど、そこに突っ込む余裕もないほどに心が疲弊していた。そそくさと持っていた荷物を部室に運びそこから出ると、目の前で待っていたのは菅原先輩だった。

「…帰り、一緒にいい?」
「………はい」

先輩は私のことを待ってくれていたようで、様子を伺うように声を上げた。当たり前だけどいつものように、にこやかな誘われ方ではなくて身構える。さっきのことを思い出して、またうっかり泣いてしまいそうだったけど、声を掛けてくれたということはきっと向き合ってくれるということだから。そう自分の中に言い聞かせて先輩の隣に並んだ。

いつも通りの道も沈黙がなぜか痛いほど刺さる。私のバス停まで向かう道中の真ん中くらいで、菅原先輩はやっと口を開いた。とっても長い沈黙だったように感じた。

「……さっき、ごめん。本当に」
「いえ、私も」
「完全に八つ当たり。試合に出れないの悔しくて、みんな勝ったのに、チームのために戦ったのに俺は…って思っちゃった」
「……先輩」

自分が何もしてないなんて、言わないで。そう思っても、マネージャーである私の言葉は全て軽く聞こえてしまいそうで浮かんだ言葉を飲み込む。

「八つ当たりするなんて最低だよな」
「そんなこと、」
「遠藤ちゃんはなんも悪くねぇべ」

へにゃりと笑みを浮かべた菅原先輩が泣き出しそうに見えた。私はスポーツをしたことがないから、きっと菅原先輩の痛みを同じだけ感じ取ることができない。悔しさも、やるせなさも、きっと私にはわからない。でも、私は、

「ほんと、なんです」
「え?」
「私、菅原先輩のことたくさん見てるんです。誰よりも努力しているところとか、みんなのことを一番に考えてるところとか、チームの一員としてどうやって動いたらいいかたくさん考えてるとか、知ってるんです」
「…」
「だから、何もできてないなんて思わないで」

ダメだ、私が泣いてしまいそう。だって、届いて欲しい。気づいてほしい。先輩は紛れもなく烏野高校男子バレー部の先輩で、チームメンバーで、セッターだ。菅原先輩がいなかったら私はどうにかなってしまうし、私だけじゃなくてチームがボロボロになってしまうくらいの大事な人なのに。

ぎゅっと握り締めた手が汗をかいて気持ち悪かった。なんで私が泣くの。鼻の奥がツンとして思わずローファーの足先を見つめると、ちょっと上の方から気の抜けた笑い声がした。

「馬鹿だなあ、俺。」

ぽん、と大きな手が頭に乗る。安心する、大きな手。

「ありがとう、遠藤ちゃん」
「…はい」
「なんで泣いてんのさ」
「だって、菅原先輩に伝わってほしくて…」
「伝わった伝わった、めっちゃくちゃ!」
「私言葉にするのとか下手くそだから…でもどうしても伝えたくって、」

私の頭の上で先輩の手が左右に動く。その度に少しずつ心が落ち着いて、言いたかったことがポロポロこぼれ落ちていった。ぶわーっとひとしきり喋って彼が無言だったことに気づいて顔を上げると、目の前に目尻を下げた先輩がいる。くしゃりと笑う、そんな表現が似合う顔をしていた。

「……ありがとう、本当に。」

静かに、でもはっきりと放たれた言葉は紬にまっすぐ届いた。よかった、届いたんだ。
触れている手が心地良くて、もっとと欲深く思ってしまう。そうして気づいたのは、普通にしゃべれているということ。どうしようもなく意識してしまっていて気まずかったのも、心臓がバクバクうるさかったのも収まっていた。先輩と一緒にいるとポカポカと暖かくなっていくあの感覚が戻ってきて口元が緩む。

「そういえば、これ」
「…ん?」
「前に買い物してて、菅原先輩にピッタリだなあって思ったんです」
「何!くれんの?」
「はい、よかったら貰ってください」

あんなに心臓を痛めた悩みの種であるハンドタオルも、嘘みたいにすんなり渡すことができた。たくさん握り締めたから外袋はくしゃくしゃになってしまったけれど…。それでも先輩はまたゆるりとした笑みを浮かべて受け取ってくれた。それがとてつもなく嬉しい。受け取ってもらえて、それを見てこんなふうに喜んでもらえるなんて…天にも登るような気持ちだった。

「嬉しい」
「…え、」
「遠藤ちゃんが俺といなくっても、俺のこと考えてくれて。しかもわざわざ買ってプレゼントしてくれるなんてさ」

その声と表情が、まるで嘘をついている人のものには思えなかった。菅原先輩はどうして私の手を握ったの?そんな疑問がまた頭を過った。赤葦くんの「好きな人以外にはしないかな」という言葉もセットで。

もしかしたら、もしかする?そんな言葉をそんな表情で言われたら、また期待してしまうよ。だって愛おしさを含んだその表情は、今私が独り占めしてるんでしょう?
苦しんで、こんな思いをするならいっそ全部やめてしまいたいと何度思ったとしても、あなたからのたった一言で私の心はまたこんなにも踊り出すんだから。
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