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春の高校バレー宮城県代表決定戦 一次予選

烏野高校の初戦は対扇南高校だった。すでに3年生が引退しているチームで、顔が怖いWSの人が印象に残っている。私だったらその人の圧に気圧されてしまいそうなところだけど、烏野メンバーはそうでもなかった。やはり東京合宿で揉まれていただけあるな、と紬はチームを客観的に見ていた。

「日向、調子良さそうでよかった」
「試合前はどうなることかと…」
「でも、みんな楽しそうだね」
「はいっ」

上から仁花ちゃんと見ていると、色々なことが分かってくる。緊張していた日向も東峰先輩も、もう試合前のような緊張はないみたいだ。いつもの練習…いや、それ以上のパフォーマンスを出していた。
この時の私にもう心配することはなくて、その後も、その気持ちが揺らぐことなくセットカウント2-0で烏野の勝利だった。まずは一勝。まだまだ一次予選のたったの一勝だけど、それでも大事な一勝だ。


お昼を挟んで2戦目。これに勝利したら10月の代表決定戦に進むことができる。それと同時に、もしこれに負けたら代表決定戦を戦う機会すら与えられない。

「2メートル、でっかいですね」
「あぁ。」
「でも、きっと大丈夫ですよね」
「俺たちは絶対に春高に行くよ。心配すんな。」

隣で角川高校の試合を見ていた澤村先輩は、ただまっすぐ前だけを見ていた。2メートルと言われたら確かにビビるけれど、みんなならきっと乗り越えられる。バレーボールは、6人で強い方が強いから。いつかはじめくんが言っていた言葉を思い出してみると、なんだか烏野が勝てる気がしてきた。

ふと周りに視線をやると、実際のところ不安そうな表情を浮かべている人は誰もいなかった。烏野が勝つ、きっとそれを一ミリも疑っていない。

ふと、澤村先輩の隣にいる菅原先輩と目が合った。先輩はどうしてかちょっと寂しそうに私に笑いかける。不安なんてないはずなのに、どうしてちょっと寂しそうなんだろう。その理由を、その時の私は全く理解することができなかった。

◇◇◇


3回戦(烏野の2回戦)はVS角川高校。お兄さんズの会話の中心はやっぱり2メートル級選手である百沢くんで、実際目にしてみると本当に大きかった。あれで1年というので末恐ろしい。

やっぱり、そんなヘビー級の彼に真っ向勝負ではなかなか歯が立たない。幸いなことに百沢くんは完全なる初心者プレーヤーのようで、技術は全くないと言っても過言ではない。それなのに、見て飛ぶだけでブロックできてしまうのだ。特に同じMBの対日向ではあの体格には敵わない。

「飛雄、調子いい?」
「そうですか?」
「なんかいつもより、静か。」

紬が静かに呟く。中盤まではなかなか点差を開くことができなかったものの、飛雄の調子が良いっぽいことに気づいた。迎えた第一セットのセットポイントで、あの超速攻が初めて決まりセットを獲得した。この一点で確実に波に乗ったと思う。

そのまま第二セットは烏野優位で進んだ。日向と飛雄の速攻に惑わされる相手チーム。それに加えてシンクロ攻撃も入ってくるものだから、もし私が角川の選手だったら目が回りそうだ。確かに2mの威圧は怖いし、強力な武器になる。それでも、“チームとしての力”は烏野の方が強かったということだ。

ピッと試合終了の笛がなると、いつの間にか増えていたギャラリーから歓声が沸き起こった。


__ 烏野高校 春の高校バレー宮城県代表決定戦進出。

「「ありがとうございましたーッ!!」」
「フジクジラいなくても勝った!」
「フジクジラ?何それ」

フロアから手を突き上げる選手たちを見て、彼らと同じように拳を突き上げる。仁花ちゃんはすでに涙目だった。まだ戦う権利を手にしただけのはずなのに、どうしようもなく嬉しい。まだこのメンバーでバレーボールができる。バレーボールをするお手伝いができるし、まだそんなみんなを見ていることができる。仲間と一緒にいる菅原先輩の近くにいることができる。

「お疲れ様でした!」
「お、お疲れ。応援ありがとな」
「菅原先輩も」
「ん、サンキュ。」
「?」

フロアに降り、片付け途中の部員たちに声を掛けながらその輪に加わる。絶対に勝つと言っていた澤村先輩は有言実行でやっぱり格好良い。勝利を喜びながらも、すでに先を見ているのがすぐにわかった。でも、お疲れ様ですって言わせてください。

澤村先輩の横には、いつも通り菅原先輩がいた。実際のところまだ少し顔を見ると心臓が変な音を立てるけれど、できるだけ自然な流れでタオルを渡せたはず。ちゃんとナチュラルにできたはずなのに、受け取った先輩はいつもの柔らかな空気を纏っていなかった。少し硬った空気に違和感を感じる。

「菅原先輩、なんかありました?」

完全に撤収が済み、私たちは体育館を後にする。前方では田中と西谷が潔子さんの荷物を持つために猛アタックをしていた。…あ、振られた。

私はというと先ほどの話の流れからそのまま菅原先輩の横を歩いている。先ほどの表情がやけに引っかかって、普段は気にならないはずの沈黙がやけに気になった。

「ん? あー、なんも。ただ、俺何もできなかったなって思って」
「え?」
「チームは勝ったけど、俺試合も出てないしさ。3年なのに不甲斐ないなーって、」
「そんなことないです!」

大きな声が出てしまってハッとする。そんなわけない、菅原先輩が何もできてないわけないじゃないか。チームを見て、士気を上げて、誰よりも声を出して。

「…遠藤ちゃんに何がわかんの?」

それは、背筋が凍るほどの冷たい声だった。今の、誰が言ったの?

「スガ!それは、」
「っ…ごめ」
「私は、菅原先輩のこと、見てます」

頭が真っ白だった。でも真っ白なりに出てきた言葉がそれで、それが菅原先輩に届いていたかもわからない。シン…と静まり返った空気に背を向けて、私はバスに乗り込んだ。誰の目も見ずに、空いていた窓際の席に腰掛ける。誰の声も聞こえないようにイヤフォンをつけて目を閉じた。
目を閉じていても鼻の奥がツンとする。菅原先輩のあんな冷たい声、初めて聞いた。

「今のはダメだろ」
「うん、ごめん旭」
「謝るの俺にじゃなくて」
「絶対に謝って、菅原。」
「清水…」
「絶対に、紬ちゃんに謝って。」

ハッピーなはずだった。試合に勝って、夢である春高の舞台にまた一歩近づいて、みんなキラキラ輝いていた。なのにどうして、私の目の前はこんなに真っ暗なんだろう。
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