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春の高校バレーの宮城代表決定戦初戦を前日に控えた最後の部活動。怪我なく終えられますようにと祈りを込めながら行った練習も無事に終わり、紬は部室で一人悩んでいた。

悩みの種はもう片想いを自覚してから1年ほど経つ、一つ先輩の菅原に関すること。彼女の手には包みが握られている。そう、紬はまさにこの包みを彼に渡すか渡すまいか考えているのだ。

この包みはこの間幼馴染である青葉城西の及川と“デート”をした際に、菅原のことを思い浮かべて買ったハンカチだ。渡すタイミングがないまま東京合宿が始まり、そこに持って行く勇気は紬にはなかった。そうして家に帰って目に入ったこの包みを持って試合前最後の部活に挑んだはいいけれど、結局終了までそんなタイミングがあるはずもなく。

悩んでいるもう一つの要因としては、拭いきれない気まずさ。合宿中に起こった手を握られる事件が頭から離れない。あれを思い出すたびに心臓がバクバクとうるさいくらいに音を立てて、彼の顔を思い出すだけで苦しくなる。

どうして私の手を握るの?という問いと、その後に梟谷の赤葦と話した話の内容。考えれば考えるほど頭の中がこんがらがって、仕舞いには具合が悪いような気さえしてしまう。

「ねえ、」
「っ…びっくりした、力か」
「ずっと声かけてたのに上の空だったのはそっちなんだけど。大丈夫?」
「ごめん、考え事してて」
「菅原さんのこと?」
「……うん」

背後から声をかけてきたのは部員でありクラスメイトでもある力だった。彼(というか彼を含めた二年の仲間たち)は私の恋心をとっくに知っていて、タイミングが合えば恋愛相談にも乗ってくれるような仲。
そんな相手に隠し事をしても無意味だろうと、あったことを洗いざらい話す。すると彼は面倒臭そうに一つため息を溢した。

「渡せばいいじゃん、そんなの」
「そんなのって!簡単に言わないでよ…!」
「明日から試合始まるし、絶対テンション上がると思うんだけどな」
「私からのなんて嬉しくないかもしれないじゃん…!」
「(なんでこんなにネガティブなの、この人。)」
「面倒って顔に出さないでよ〜…」
「絶対大丈夫だって」
「本当に?本当、」
「ほんとだから!もう、みんなそろそろ戻ってくるよ」

結局最後には語気強めで押し切ってきた。そんなあからさまに面倒そうにしないでよ!と心の中で文句を垂れる。しかし、彼の態度のせいで私の小さい心臓からはキュウ、としぼむ音がした。みんなが帰ってくるからと切り上げられ、結局合宿中にあった出来事は詳細を話せず終いだった。

やっぱり無理だよ、助けて!とSOSを出そうと口を開きかけたところで、外から賑やかな声が聞こえて
来る。自主練を終えた部員たちが部室に戻ってきたのだ。

「おーっす、二人ともお疲れ」
「お疲れっす」
「なんだ、帰ったかと思ってたぜ」

ガチャリと部室のドアが開いて入ってきたのは、三年生と田中・木下くんだった。明日からへ向けて満足いくまで自主練をしてきたのか、みんな汗だくでタオルを首から下げている。

「あー、やば、俺タオル2枚しか持ってきてねえんだった」

後続の一年の賑やかな声も聞こえてきて、部室の中は一気に賑やかになった。そんな中でもしっかりと耳に届いた菅原先輩の声。タオルを求めるその声は、澤村さんに拾われていた。

「俺も変えないわ、旭は?」
「すまん、暑くて俺も使い切った…」
「だよなあ〜…家まで我慢かあ」

タオル、ここにある。私の手元にある。
いつも部活で使っているフェイスタオル型のやつじゃなくてハンドタオルだけど。それでも少しなら足しになるかもしれない。どうしよう、でもこんなに皆いるところで突然渡したりなんかしたら変に思われるし、それに…。

「(迷惑かも、しれないし)」

色々考えたら指先が震えて怖気付いた。やっぱり渡すのはやめよう、勝手に私が菅原先輩みたい!って舞い上がって買ってしまっただけだし、この柔らかいデザインなら女の私が使っていても違和感はない。やっぱり自分で使うことにしよう。
いつの間にか握りすぎてくしゃりと屁垂れてしまった包み紙をそっと通学バックの奥に押し込んだ。

「じゃあ私、お先に失礼します!」
「あれ、今日は清水とかやっちゃん待たねぇの?」
「あー…明日も早いし、家遠いので先帰ります」
「送ってく?」
「大丈夫です。あ、二人に伝えておいてください!」

どうしてこんな日に限ってちゃんと話しかけてくるんだろう。菅原先輩はいつもの調子で私を見つめた。それに対して私はちゃんと笑えていたのだろうか、変じゃなかったかな。パタン、と部室のドアを閉めて後悔した。自分のことで一杯一杯で、先輩の顔をちゃんとみれていなかったことに気づいたから。

明日から大事な試合なのに、こんなんじゃダメじゃん。はぁ、と思わず出た溜息は生ぬるい空に吸い込まれていった。このままじゃダメってわかっているのに、どうしてもうまくいかなくてもがくことしかできない。こんなに苦しいなら、いっそ“好き”なんて辞められればいいのに。
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