01

着慣れない制服は、それだけで心を浮つかせる。まだ少し袖丈が長いそれを引っ張りながら、シワを伸ばすようにブレザーに触れた。

まずは手始めにクラス表の確認だ、と、人だかりがある昇降口前に向かった。近づくに連れて人々の声が鮮明に聞こえてくる。「同じクラスだ!」とか「離れちゃったねぇ」とか、ワイワイ楽しそうな会話が耳に入ってくる。
…私は、と。

高い掲示板を上から目で追うと、途中に自分の名前を見つけた。紬の名前は1年4組の欄にしっかりと記載されていて、ほっと胸を撫で下す。
実は直前まで違う高校を受けるために勉強に励んでいた私は、特進クラスでこの烏野高校に入学した。烏野は1から3組が普通、4・5組が特進というクラス分けになっている。
特進クラス……とはいえ、堅物な人ばかりだったらどうしよう。そんなことを考えながら人混みを掻き分けて抜け出すと、どん、と何かにぶつかった。

「へぶ、」
「……うおっと、大丈夫か?」
「ヒッ、す、すみません……!」

ぶつかってしまったのは、物ではなく人だった。慌てて見上げると、大きい男の人が心配そうに私を見下ろしている。身長も、ガタイも大きい。その視線は柔らかく私を心配そうに見つめているものの、思わず半歩後退りをした。

「すみませんでしたっ!」
「いいよいいよ、俺も余所見してた訳だし。ごめんな?怪我とかない?」
「は、はい…大丈夫です!あ、えと、それではっ!」

ペコペコと数回頭を下げると、その人は少し眉を下げながら笑った。きっと、とっても優しい人なんだろうな。笑顔からそれが滲み出ていた。同い年かな、いや、先輩かな?
その人に再度頭を下げて別れる。

「大地?どうした?」
「いや、なんか、一年っぽい小さい子とぶつかっちまった。ビビられた。」
「はは、さては怖い顔してたんだべー?」

そんな会話を背に、私は自分の教室へと向かった。

◇◇◇


教室のドアを開けて中に入ると、当たり前だけど知っている人は一人もいない。黒板に貼ってある座席表を辿って自分の席に着くと、自然と息が漏れた。大丈夫だって言い聞かせてたけど、意外と緊張してたんだなあ。
一息吐くとすぐに、パタパタと一人の女子生徒が駆け寄って来た。

「ねぇ!あなた、北一の男バレでマネージャーしてたよね!?」
「え、えっと、ハイ…?」
「わー!やっぱり!試合でよく見かけてたんだよね!私、千鳥山中で女バレやってたの!」

キラキラとした視線を向けてくる女の子は、名前を飯田沙良だと言った。明るい彼女に引っ張られるように口角が上がっていく。

「えっと、飯田さんは、高校もバレー部に入るの?」
「沙良でいいよー。うん!高校でもバリバリやるつもり!」

千鳥山中といえば確か、男子は強豪校として名前が挙がっていたな。同学年にスーパーリベロが居て、当たったら厄介だ、なんて中学の同級生が零していたことを思い出す。ということは、女子も強いのかな。

「そっか、頑張ってね、バレー!」

胸の前で拳を作ってみると、沙良ちゃんも同じようにグーを作って満面の笑みを浮かべた。なんか、向日葵みたいに笑う子だなぁ。彼女の背中を追いかけながら視線を前に向けると、既に仮担任が教室にやって来ていた。もうすぐ入学式。とうとうこれで正式に、私は烏野高校1年生だ。


校長と教頭の果てしなくながーいお話を聞いて、呆気なく入学式は終わった。
HRもそこそこに解散になった入学初日。沙良ちゃんは早速女バレの見学に行くと言っていた。それに誘われもしたんだけど、ゆるりと断って帰路に着く。
烏野から自宅までは、電車とバスを乗り継いで暫く掛かる。もし部活を始めたら帰宅が遅くなるだろうし、高校では帰宅部を貫こうと思っている私は、部活見学もチラシ配りにも目をやることなく廊下を素早く歩いた。

ヴー、とブレザーのポッケに閉まっていたスマホが震えて、液晶を見つめる。

メッセージの主は、朝に見て見ぬふりをしたその人で、追い討ちをかけるようなメッセージが幾つか並んでいた。どうしようか、と頭を巡らす。とりあえずごめん、と打ち込んだものの、タップして白紙に戻した。再びポケットの中にスマホを押し込んで、見ないふりをする。

流れていく見慣れない景色を見送りながら、最適な言葉を探しては引き出しにしまうのを繰り返した。
この見慣れない景色も、三年後には愛おしく感じるのだろうか。そうだといいな、と願いながら目を閉じると、気づいた時には最寄りのバス停だった。


◇◇◇



新生活にも少しずつ慣れ始めた4月下旬。私はすっかり沙良と打ち解けることができ、移動教室やお昼を共に過ごす仲になった。
今日も移動教室のため、二人並んで廊下を歩く。初めはこの学校のなかでぷかぷか浮かんでいるような気分だったけれど、やっと馴染んで地に足がついているような感覚だ。意外と、悪くない。烏野高校。

「あ、西谷じゃん!烏野だったの!?」
「おう、沙良か!」

沙良が片手を上げて笑顔を向けたのは、小柄な男の子。前髪だけ金髪なのが特徴的だ。…校則、大丈夫なのかな。そんな私の第一印象をよそに、溌溂とした沙良の声に負けじと明るい声を上げたその男の子は、にかっと太陽のような笑みを浮かべた。弾むように会話のキャッチボールを繰り広げる二人に、ぽかんと口を開けるだけの私。
会話の流れを読む限り、二人は同じ中学出身のようだった。はた、と気付いた様子の沙良がこちらを振り返ると、つられるようにこちらを見た彼と目が合う。

「あ、紬ごめん!これ、同中の西谷。バレーやってるよ」
「西谷夕だ!」
「……あ、遠藤紬。沙良と同じく4組です。」

…ニシノヤ?その名前に聞き覚えがあった。沙良と同じ中学出身ということは、千鳥山中。バラバラのパーツが頭の中で組み合わさると、一つの答えに行き着いた。私は目を丸くしながら西谷夕を指差す。

「ベストリベロ!西谷夕!」
「おお!よく知ってんな!…ってお前、どっかで……」

私と身長があまり変わらない彼は、先程の私のように此方を見つめて思考を巡らせているようだった。暫く考えたあと、「あー!思い出せねぇ!!」と頭を抱えたので笑ってしまう。そこにやってきたのは、金髪頭のイカつすぎる男子生徒。思わずヒ、と小さく声を漏らすと、その生徒はハニカミながら西谷の名前を呼んだ。
次から次へと、廊下に怖そうな人が増えていく。

「ノヤっさん何やってんだよー!…ってお前!」
「…はい?」
「北一のマネージャーじゃねぇか!」

「それだ!!それだぞ龍!」

西谷くんは、龍と呼ばれた金髪くんの背中を楽しそうに叩く。キレられないのだろうか、と心配した私に投下された言葉は、実に衝撃的なものだった。

「紬!!バレー部のマネージャーやってくれよ!!」
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