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遠征合宿三日目。連日の猛暑に、ハードな練習メニュー。部員はもちろんマネージャー陣にも疲れの色が見え始めるのは当然だと思う。とは言ってもへばっているわけにもいかず、私は朝から大量のタオルを抱えて洗濯所に向かっていた。

「…の、」
「ん、…おーい、…あの、」

潔子さんや仁花ちゃん、他校のマネさんと話しながら仕事をしている分には問題ないけど、こうして一人になってしまうと頭がぼーっとして意識が他のところに向いてしまう。これは体力勝負な合宿で寝不足なせいであり、その寝不足の原因は全て片思いである菅原先輩にあるんだけど…。

昨日あんなことがあったのに、その後の先輩はいつも通りだった。いつも通り自主練を済ませて、いつも通りご飯を食べた。きっと布団でもいつも通り眠ったんだと思う。よく考えたら前にもこんなことがあったな。確か、試合終わりのバスの中。昨日みたいに優しく手を握られて、私は手汗をかかないようにするのとバレないように寝たふりをするのに必死だったっけ。

あの時も昨日も動揺していたのは私だけで、先輩にとっては普通の出来事だったのかもしれない。先輩からしてみれば私の手を握るなんて意識してやることじゃなくて、なんでもないノリみたいなものなのかな…。

「…ちょっと!」
「痛ッ!?」

耳元で大きな声がしてビクッと身体が震えると同時に、ドンッと鈍い音がしてお腹に衝撃が走った。持ったままの籠が壁に衝突して、その籠が私のお腹に食い込んだらしい。考え事をしながら歩いていた結果、壁にぶつかるという醜態を誰かに晒してしまったということだけはわかった。

「何してるの」
「…いてて。わ、赤葦くん」

ちょっと引いたような目でこちらを見ていたのは、今回の合宿で初めて言葉を交わした赤葦くん。前回の合宿時に「わかりやすよね」と言われたのが初めての会話だったなと思い出す。じわじわ恥ずかしくなって目を逸らすと、くすくすと笑い声が聞こえた。

「ほんとわかりやすい、遠藤さん」
「あ、またそれ」
「だってまた考え事してたでしょ…多分、前回と同じような考え事」

ヒュッと息を飲んでしまって、きっと赤葦くんはそれを肯定の意と捉えたんだろう。
確かに前回も菅原先輩について考えてたら、自販機の横入りをしてしまったんだっけ…。そう考えると赤葦くんっていつもタイミングがいいんだか、悪いんだか。

「それ洗濯するんだよね?手伝うよ」
「え、ありがとう」

いつの間にか思い切り握りしめていた洗濯籠をひょいと取り上げると、赤葦くんは慣れた手つきで色物を分けて洗濯機に入れ始めた。

いつもこうやってマネさんのお手伝いしてるのかな?そういえば梟谷の皆さんは「赤葦は優秀で優しいからね」「あの木兎を手名付けてる苦労人だからなあ」って言ってたっけ。確かに面倒見がよくって同い年というよりはお兄さんに見える。

「あ、あのさ」
「うん?」
「男の子って、その、手とか、簡単に握ったりするのかな…?」
「…」

ぽろりと口から飛び出してしまってから焦った。
これって完全に私がそういう体験したって認めてるようなものじゃん…!?

「んー…好きな子以外にはしない、かな」

だけど赤葦くんは冷やかすわけでもなく、はぐらかすわけでもなく、数秒考えた後静かに答えてくれた。その対応にホッとして固まっていた身体がやっと動き始める。そっか、となんでもないように返事をしながら、ポイポイ白いTシャツたちを洗濯機に入れていくけれど、じっとこちらを見つめている視線に気づいて、再び視線を横にずらす。

「俺は、の話だけど。その人がどうかはわかんない」
「…う、」
「相手は先輩でしょ?あの、…3年の」
「あーっ、言わないでっ!」

誰かいたらどうするの!?焦ったように声を上げると、赤葦くんはくつくつと楽しそうに笑った。

先輩に対しても淡々としているイメージだったからちょっと意外。人のこと揶揄ったりするんだ…。感心してしまうほど彼のイメージと実際の態度は違っていて、私の恋愛事情にぐいぐい踏み込んできた。

いつから好きなのとか、実際どうなのとか、手はどうやって握られたのとか、結構事細かに聞かれた気がする。普段だったら恥ずかしくて逃げたりしそうなところだけど、なぜか私も赤葦くんにはスラスラと話せてしまった。なんか、女友達に相談しているような感じ?

「色々聞いた結果、やっぱり好きな子以外にはしないかな」
「…そう、なの?」
「まあ、俺から見た世間一般の意見、だけどね」

そろそろ練習戻るね、と残して赤葦くんは洗濯所の扉に手をかけた。

「あと、やっぱり遠藤さんわかりやすいから、気をつけたほうがいいよ」
「へっ?」
「いつも考え事があの先輩絡みなの、ダダ漏れだから」
「…っな、」

じゃあね、と片手を上げて扉から出ていった彼は、やっぱり愉しそうに頬を緩めていた。やっぱり、私の気持ちはあの時からバレてたってこと!?そう思うとすっかり忘れていた羞恥心が湧き上がってきて顔に熱が集中する。

赤葦くんはそういうことは好きな子以外にはしないって言ってた。でも菅原先輩は?もしかしたらそうではないかもしれない。だけど、もしかしたら先輩も私のことを好きでいてくれているのかもしれない。普段は聞けない男の子からの意見を受けて期待してしまって、心がふわふわ浮ついている私がいた。
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