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結局昨日は夜更かしをしてしまって、あくびを噛み殺しながら食堂へ向かう。あれから根掘り葉掘り聞かれ、菅原先輩に片想いしているということは白状せざるをえなかった。
その代わり、梟谷と森然の恋愛事情も聞くことができたのでほくほく。雀田さんは一つ年上の先輩と付き合っているらしく、キュンが足りていない私にとってはかなり潤いをもらえる話だった。大人の恋って感じで羨ましいなあ。

「紬ちゃんおはよう〜」
「おはようございます。」

おかげですっかり仲良しになったのはいいだけど、拭いきれない生ぬるい空気。ずっとニヤニヤされている気がしてならない。

「紬ちゃんそれかわいいねえ、シュシュ。」
「あ、嬉しいです。貰い物なんですけど…」
「ピンクのイメージなかったけど、よく似合ってる」

朝食の配膳をしながら、生川の宮ノ下さんが声をかけてくれた。今日は徹くんにもらったシュシュをつけていて、それを褒められてついつい頬が緩んでしまう。確かに普段はゴムで止めているだけだったり、つけていても黒とかのシンプルな色が多いからもしかしたら新鮮かもしれない。
でも貰ってからは、これをつけているとなんだか気分が上がる気がしてお気に入りなのだ。

◇◇◇


今日も今日とてペナルティ祭りの私たち。試合にペナルティにと見ているだけで体力を消耗してしまうようなスケジュールだけど、安定に夜の自主練は健在だ。

「なあ大地、月島放っておいていいのか?」
「強制的にやらせたら自主練じゃないだろ」
「そうだけどさぁ〜〜…」

今日も烏野の自主練に付き合いながら、澤村先輩と菅原先輩の会話に耳を傾ける。さっき監督とコーチも同じことを話していた。私から見ても月島は、どうしてもあと一歩が足り無さそうに見えてしまう。決してバレーを適当にやっているわけじゃないのに、どうしても“本気”が見えないのだ。

それこそマネージャーの私が介入するべきじゃないとわかっているから何も言わないけれど、思うところがあるのは私だけではないんだなというのを感じてきたところ。

相変わらずサーブとか、シンクロ攻撃とか、時間いっぱい使って練習する。今日は少しだけ3対3で試合をすることになったので、少しだけ端に座って休憩タイム。選手に比べたら全然疲れていないと思っていても、普段の部活と比べたらちょっとしんどいな。私も少し鍛えないと。

「遠藤ちゃんお疲れ〜、」
「お疲れ様です。タオルどうぞ」
「あんがと」

座っている私に声をかけたのは菅原先輩だった。
先輩は、私からタオルを受け取るとそのまま流れるように隣に腰掛ける。

「それかわいいね」
「え?」
「髪の毛につけてるやつ」

まさかそれを褒められるとは思ってなかった。

「可愛いですよね。幼馴染から貰ったんですけど、」
「ふーん、その幼馴染センスいいんだな」

単なる日常会話の延長なのに、なんとなく言葉に詰まった。菅原先輩の声、表情が少しだけ冷たい気がしたから。気のせいと言われてしまえばそれまでだけど、ほんの少しの違和感を感じて怖くなる。

「あの、」

その先に何を言おうとしたか、もう自分でもわからない。思考が完全に停止してしまった。
体育館の床にぺったり張り付いたままの私の左手に、菅原先輩の右手が重なったから。それは偶然とかではなくて、先輩の温かい手がしっかり私の手を握っていた。どうしよう、どうしよう。心臓が口から飛び出してしまいそうなほどバクバク鳴っていて、隣にいる先輩のことを見られない。床についている左手だけに全ての神経が通っているみたいだ。

「おーい田中!しっかり狙え!」
「うっす!」

サーブ練習をしている他の部員に向けて、いつもの調子で声を掛ける先輩。まるで手なんて繋いでいないみたいに、菅原先輩はいつもの調子で声を上げる。

「スガー!トスお願いしたい!」
「おうよ!」

どのくらいそうしていただろうか。きっと私の手汗のせいで、体育館の床はびしょびしょなっていることだろう。菅原先輩が触れているのが手の甲で本当によかった。先輩の手は私みたいに手汗なんてかいていなくて、あったかくて優しい。

澤村先輩の一言で、意識を全集中していた左手はいとも簡単に解放された。一瞬こちらを振り向いた菅原先輩は、ちょっと困ったように笑ってた。先輩はどうしてそんなことをしたの、なんて理由を考える暇もなく、私はただうるさすぎる心臓と赤くなっているであろう顔を隠すのに必死だった。
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