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「ふぁ……」
「おー、眠そうだなあ」
「ひっ!なんだ、田中か……」

深夜0:00。深夜の学校に集合した私たちは、これから東京へと旅立とうとしていた。前回遅刻してきた日向は、夜中の学校に興奮を隠しきれていない。元気で凄い。
まさしく大あくびをしていたころを同級生に突っ込まれた私は、逃げるようにバスに乗り込んだ。

今回はピンチヒッターで滝ノ上さんも運転手をしてくれることになり、前回よりも大所帯での出発。もともと寝つきが良い方とはいえ、揺れるバスの中では何度か目覚めながら東京へ辿り着いた。

◇◇◇


「東京は朝でも暑いねぇ」
「ここ埼玉らしいぞ、さっきスガさんが言ってた!」
「嘘。東京じゃないんだ…」

まだ頭にモヤがかかったままふらふらと歩いていると、西谷から衝撃事実を告げられた。まさか東京じゃないとは。今回は、一週間丸々ここでお世話になることになっている。(埼玉だけど。)

私立森然高校。梟谷グループの夏合宿は、この高校で行うことが恒例になっているらしい。これはさっき日向と音駒の孤爪くんが話しているのをたまたま聞いた。

アップを済ますと早速試合形式で練習が進んでいく。気温はそんなに変わらないけれど、やっぱり仙台よりも格段に暑く感じるのは環境が違うせいなんだろうか。いつもよりも多めにドリンクを作ってスコアボードに着くと、烏野は梟谷高校と試合を行っているところだった。

前回の合宿で目を瞑ることを辞めると宣言した日向と影山は、それぞれでレベルアップを図っている最中。お互い一緒に練習をしていなかったので、二人で合わせるのは久しぶり。
仁花ちゃんが言うには大丈夫そう!ってことだったからあまり心配はしていないけど…。

「噛み合ってないですねえ」
「だねえ」

潔子さんとスコアボードを付けていた私は、見つめながら呟いた。
速攻も決まらないし、シンクロ攻撃もミスばかり。だけどそれでも一つずつ、確実に試している最中だから。これが決まればきっと、烏野はもっともっと強くなれるから。

この間、菅原先輩が言っていた。“やれることは全部やりたいんだ”って。だから私はそれを見守りたいし、近くで応援したい。

試合は見事に惨敗。安定のペナルティ祭り。それでも部員たちはキラキラ輝いて見えたし、バレーボールが楽しい!って全身で言ってるみたいだった。

「おーい紬!自主練付き合ってくれよ!」
「いいよーん」
「第1体育館借りれることになってっから!」

練習が終わって、各自自主練タイム。他校の人たちと練習したりする人もいるけれど、どうやら西谷たちはシンクロ攻撃の練習をするらしい。


「お、遠藤ちゃんこっちこっち」
「お疲れ様です!」

マネの仕事を終えて体育館を覗くと、私の存在に気づいた菅原先輩が手招きをした。どうやら第一体育館には烏野メンバーしかいないようで、ちょっとだけホッとした。別に人見知りをするタイプではないと思っていたけれど、他校の知らない人と一緒に仕事したり近い距離で生活したりするのは少しだけ疲れてしまうようだ。
なんとなく久しぶりに感じるホームの空気に胸を撫で下ろしながら、外仕事のために着ていたジャージを脱ぎ捨てる。

「なんか久しぶりに感じるな」
「そうですよね。でも実際近くにいましたよ」
「確かに、今日のスコア全部遠藤ちゃんだもんなあ」

部ノートをペラペラ捲りながら菅原先輩は言う。字見ただけで私のだってわかるんだ…。なんて、3人しかいないから当たり前みたいなもんなのに、それだけで嬉しくなってしまうから単純だなって思ったり。

隣にしゃがみ込みながら、田中や西谷とシンクロ攻撃の作戦を立てている先輩をチラリと盗み見る。こうやって自然に隣にいられる期間は、あとどのくらいあるんだろう。部活の後輩ではなくなってしまったら、私は先輩にとってどんな存在になるんだろう。部活の先輩と後輩という繋がりがなくなってしまったら、きっと。

「おーい!ボールあげてくれ!」

ネガティブに差し掛かった頃、いつの間にかコートに揃った部員たちに名前を呼ばれて我に返った。
好きな人とうまくいってないわけ、と私に問いかけた徹くんの声が耳に焼き付いている。うまくいっていないのか、という問いかけは、あの日から私の中でぐるぐると巡ったままだ。

◇◇◇


自主練を終え、ご飯を食べ、お風呂に入り、さあ自由時間だ!と女子部屋のドアを開けた時だった。

「きたー!紬ちゃん!」
「待ってたよう」

ニヤニヤした雀田さんと、アイスの棒を手にしたままの白福さん。それだけでなく、生川高校の宮ノ下さんや、潔子さんややっちゃんまでも先生から差し入れられたお菓子を取り囲んで円を作っていた。
待ってましたとばかりに雀田さんが私の手を引いて、潔子さんと彼女の間に座らされる。

「?」
「紬ちゃんはあるんでしょ?恋バナ」
「へっ!?」
「清水さんが言ってたよ〜。聞かせて聞かせて!」

嫌な予感がして後退りをするけど、両サイドをガッツリ掴まれた私はそれを許されない。潔子さん…と困ったように視線をやると、彼女は困ったように、でもすごく楽しそうに笑った。キラキラの眼差しで見つめてくる他校のマネさんたち。沈黙でやり過ごそうと思ったけど、それを破ったのは仁花ちゃんだった。

「紬さんは縁下さんとお付き合いしてるんですよね…!?」
「えっ、縁下ってどれ!?二年か!」
「あれっ?ち、違いました…?」

あまりの衝撃に私がぽかんと口を開けると、仁花ちゃんはまずいことを言ったかというようにわたわたと両手を振る。

「恋してるとは思ってたけど、まさか彼氏がいるとは!」
「もしかして結構長くて落ち着いてる感じ!?」
「ち、違います!彼氏いません!力じゃありません!!」

久しぶりにお腹から声を出した。今度ぽかんとするのは潔子さん以外のマネさん達で、くすくすと笑う潔子さんを見て私の顔はただただ赤く染まるだけだった。否定されればその先の期待はさらに高まるもので、雀田さんの楽しい目が私を確実に捉えた時、長い夜になると悟るのだった。
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