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「俺のこと、その人だと思って練習してみなよ」
「れ、練習?」
「接し方とか、話し方とか。紬のことだからどうせ緊張して思ってることちゃんと言えなかったりするんでしょ。」
「…それはそう、だけど」
「まずは思ってることしっかり伝えないとどうにもならないんだから、ちゃんと言えるようになんなよ」

確かに、徹くんの言うことはごもっともだ。私はいつも、菅原先輩に思っていることを伝えることができていないと思う。

現にそれで何度も自爆して辛くなったり苦しくなったり、している。自分が思っていることどころか、相手が思っていることを聞くことすらできない。大事な一歩が踏み出せていないと思うし、踏み出すことが怖いと思っているのも事実だ。

「眉間、皺寄ってるけど」
「ご、ごめん…」

人差し指で私のおでこを突いた徹くんは、とても楽しそうな顔をしていた。

「はい!練習!」
「えっ、え」
「…紬ちゃん、なんかあった?」

スゥ、と息を吸った徹くんは、私のことをわざとらしく紬ちゃんと呼ぶ。菅原先輩は名前では呼ばないけど。目の前に菅原先輩がいる、そう思ったらドキドキしてきた。
心配そうに私の顔を覗き込んだ徹くんが、何かを期待するような眼差しをしているのは何故だろうか。

「…き、…す。」
「ん?」
「好き、です」

何故か心臓がバカみたいにうるさい。目の前にいるのは菅原先輩じゃないし、これは本番じゃなくて練習だ。自分の思いをしっかり言葉にする練習。相手も違うしシチュエーションだって違う。それでも言葉にするだけでこんなに心臓がうるさいなんて、本当に本人に想いを伝えるなんてできるのかな。

そもそも私、告白するなんて決めてないし!私が告白なんてしたら噂が直ぐに広まって迷惑を掛けてしまうかもしれないし、というか部員に告白されるなんて気まずいだろうし。練習したところで発揮されることなんてないのかもしれない、こんなことは辞めよう、と顔を上げた時だった。

「徹くん?」
「な、……なに?」
「なんか、え、どうしたの?」

先ほどまで楽しげに口角を上げていた徹くんの頬は赤く染まっていて、正直言ってイケメンとは程遠いほどの間抜けな表情をしていた。何年も幼馴染をしているのに、初めて見る顔をしている。

「……はぁ、バカだね俺も」
「え?」
「ずるいこと考えてた。忘れて」
「な、なに?」

恐る恐る尋ねるけど、結局真意を教えてもらうことはできなかった。沈黙を切り裂くように食べたいと思っていたケーキが運ばれてきて、早く食べなよという徹くんの言葉に促されるままそれを口に頬張った。

カフェを出て、ふらふらと映画館が入っているショッピングモールをそのまま探索した。普段部活ばかりしている私はショッピングモールにすら慣れていなくて、見慣れないお店やカフェに目を輝かせた。それを見て徹くんはちょっと馬鹿にしたように笑ったけど、それが癇に障らないほど楽しかった。

「あ…」

たまたま通りかかった雑貨店で目に入ったのは、バレーボールが刺繍されたハンドタオルだった。

(菅原先輩、みたい…)

柔らかなグレーのそれは、なんとなく菅原先輩を思わせて足が止まる。指先を伸ばすと、ふわふわとしたそれに触れて心が温かくなった。

「欲しいの?」
「いや、そういうわけじゃなくて…」
「ふうん。」

そのままその場を離れようと思ったけど、やっぱりどうしても何かが引っかかってしまって、徹くんに断りを入れてそのタオルを購入した。もし渡せなかったとしても、私が自分で使えばいい。
そうやって自分に言い聞かせながら、店員さんから手渡された紙袋の取っ手を握り締めた。

来た時と反対の電車に乗ってやってきた最寄り駅。駅まで並んで歩いたのと反対へ並んで歩いている時だった。

「今日、楽しかった?」

薄暗くなり始めた住宅街で、帰宅途中の子供たちの声が響いている。私たちもあんなんだったんだな、なんて昔話をしている中で、突然徹くんの静かな声がした。雰囲気の違いを感じて顔を覗くと、さっきまでの軽い調子はそこには無くて、私の様子を伺うように不安そうな顔をしていた。

「うん、とっても。そもそもお出かけするのも久しぶりだったし、ありがとう」
「よかった。じゃあ……これ、受け取って?」
「え、」

手渡されたのは小さな袋。開けてみてと促されたので、その場で立ち止まって中を見ると、入っていたのはヘアゴムとシュシュのセットだった。淡いピンク色は、小さな頃から好きな色。
小学生から中学生へと年齢が上がるにつれてなんとなく女の子らしすぎて自分では選べなかったその色を、徹くんはプレゼントし続けてくれていた。

「誕プレ、ずっとあげれてなかったから。それだと思って」
「でも、わたし何も、」
「んー…じゃあ、デートのお礼。俺も楽しかったから」

今日は一日中本当に楽しくて、でもそれは徹くんがたくさんエスコートしてくれたからだ。余計なことを考えられないくらい、ずっとワクワクしていた。
だからこそ、あまり意識していなかった“デート”という言葉が今になって胸に刺さる。

「…デート、楽しかったんだよね?」
「うん、楽しかった」
「ん、だったらこれ受け取って。それで、忘れないでよ」

どうしようかと彷徨っていた掌に、徹くんの手が重なって握り込まれた。離さないでとばかりに優しく、そっと包むように握られた手。

とくん、と感じた鼓動の正体は何なのか。ただのドキドキとは違う、得体の知れない不安が身体中を駆け巡って、どうしても私は彼の顔を見ることができなかった。
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