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試合終わり、嶋田さんから酷い顔だから洗ってきた方が良いよと失礼なアドバイスを貰った。失礼ですねと言い返したけれど、実際顔が引き攣っていたのが自分でも分かったので、選手には伝えておくという言葉をありがたく受け取って体育館の水道へやって来た。

私は、烏野が負けて悔しいのはもちろんだけど、青城が強くて嬉しかったんだ。そのことに気づいてしまって、後半は感情がぐちゃぐちゃだった。まさかそれが涙となって全て流れ出ているとは思わなかったんだけども。

「…ひどい顔。」
「徹くん、」

まるで私がここにいることを知っているみたいだった。バシャバシャと水を流したまま顔を上げると、真横から聞き馴染みがありすぎる声がする。

「強かったね」
「飛雄は。とか言わないよね」
「…当たり前じゃん。本当厄介だったよ。それに、烏野じゃなかったら飛雄だって今こんなに強くない」

ふ、と細められた目は嘘をついているようには思えなかった。ちょっとホッとしたかのようなそれは、いやでも本心を語っているんだろうと分かってしまうような表情。
首からタオルが下げられているのに、額には汗が浮かんだままだった。そういえば着替えてもいない、ユニフォームのままだし。

「私のこと、探してた?」
「だって勝ったから。」
「? 嫌味言いに来た?」
「んなわけないでしょ。勝ったらデートしてって言ったじゃん。俺、予定すぐ埋まっちゃうからさ」

へらりと外面モードを見せた徹くんに溜息をつきたくなってしまう。忘れていたし、折角良すぎる試合に感動していたのに。というか、ちょっとくらい感傷に浸らせてくれても良くない!?

「最低。」
「えっ、なんで!?」

「おい、お前ここにいたのかよ。監督呼んでる」
「岩ちゃん…バッドタイミングだよ…」
「とっとと行けクソ川」
「クソ辞めて!?紬、連絡するから無視しないでよね!」

ナイスタイミングでやって来たはじめくんの一声により、徹くんはバタバタとその場を離れた。

「んじゃ、お疲れ」
「……はじめくん、お疲れ様」

はじめくんは、いつも至ってシンプルだ。その“お疲れ”に、きっと全てが詰まっている。
しっかり受け取った分をお返しすると、伝わったのかはじめくんは片手を上げて去って行った。多分だけど、徹くんと私のことを察して声をかけてくれたんだろうな。多分、だけど。


「ねぇ、遠藤ちゃんさ」
「へっ!す、菅原先輩!?」

はじめくんの背中をぼうっと見送っていると、ひょっこり顔を出したのは菅原先輩だった。予想もしていなかった人物の登場にびくりと肩を揺らすと、ヘラヘラ笑みを浮かべた先輩。

「デートすんの?」
「えっ」
「デート、及川と。」

誤魔化して逃げ出してしまいたいのに、菅原先輩の丸い目が真っ直ぐに私を見るせいでそれは許されない。その瞳はゆらりと一瞬揺らいで、でも絶対に曲げないと語るようだった。

「デート、というか……デートであってデートじゃない、というか」
「なんだべ、それ」

私の頭だって全く整理がついていない。あの徹くんとデートをするなんて想像もつかない。ぐちゃぐちゃの気持ちがそのまま口から溢れ出してしまったけど、目の前の菅原先輩がふにゃりと目尻を下げたので少しだけ安心した。

会話はそこで終わり。みんなのところに戻ろうという先輩の背中を追いかけて、長い廊下を歩いた。浮気だとか、嘘をついたとかではないのに少しだけ心の中がモヤッとして、後ろめたい気持ちになったのは何故なのだろうか。

少し後ろを歩く私を一度だけ先輩は振り返った。何を言うでもなく、ただ困ったように眉を下げて見せた。その表情が少しだけ心に引っかかって離れない。

「遅かったね」
「…力。」
「何、忘れ物でもした?」
「ううん、なんでもない」

菅原先輩に続いてみんなのところに戻ると、真っ先に声を掛けてきたのは力だった。

「なんでもないって顔してないけど」

うーん、これは、逃げられないかも。笑って誤魔化せるような相手ではない。
小さく明日話すと告げた言葉はどうやらちゃんと力だけに届いたようで、不服そうな顔のままなんとか頷いてくれた。

この後は、烏養コーチの奢りでご飯を食べさせてくれるらしい。選手たちはみんな、悔しさが滲み出た表情を浮かべていた。涙を堪える者、悔しさに拳を握りしめる者。当たり前の感情だけど、マネージャーの私が手に取るようにわかるかと言われれば難しい。

寧ろ自分個人の感情に左右されてみんなと同じ感情を味わえないなんて、きっとマネージャー失格だとすら思う。この気持ちが誰にもバレませんように、そう願いながらご飯屋さんの扉を開けた。
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