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菅原先輩が入ってからというもの、試合は烏野の流れになっていた。青城メンバーも得体の知れない先輩の存在に少なからず動揺しているようで、こちらが組み立てられた攻撃が決まる確率が高い。日向も先輩からのアドバイスを受けたのか、考えて行動するようになっているのが上から見ていて分かった。

やっぱり私は、菅原先輩のセットアップが好きだなぁと思う。誰に上げるのか、その人はどんな球が打ちやすいのか、それがちゃんと考えられたトス。飛雄の正確なトスも魅力的だけど、菅原先輩のは先輩の人間性がいっぱい詰まったトスだと、勝手ながら思ってしまう。
先輩から上がったボールは日向にまっすぐ伸びて、綺麗に決まる。それを見てなんだか胸が締め付けられて、一瞬だけ呼吸が苦しくなった。
ラストは、日向がブロックしたボールがブロックアウトになってしまい、青城が第一セットを取った。


隣で嶋田さんと滝ノ上さんは、女子高生に徹くんのプレーについて解説をしている。近くで会話をしているはずなのに、思うように耳に入ってこなかった。私には、コートにいる飛雄と菅原先輩の声が聞こえている。

「らっきょ…12番の速攻って、タイミングゆっくりなんですかね…?」
「そうだと思う!見て、見て…それから叩く!みたいな、」
「(勇太郎のことだな…)」

第2セットも菅原先輩セッターで開始するらしい。

「頑張ってください!」

自分の声がやけに響いた気がして恥ずかしさが少しだけ湧く。だって今のは完全に、先輩にだけ向けて言ってしまった。私の声に弾かれるようにこちらを向いた先輩は、眩しいほどの笑顔で拳を突き上げた。

第2セットは、序盤は点数を取って取られて繰り返していた。強烈な徹くんのサーブも対応策を講じて、攻撃に繋げていた。しかし、中盤で青城にブレイクされて点差が開く。
菅原先輩と交代で飛雄がコートに入ったことで調子を取り戻した変人コンビの速攻が効果的に決まり、烏野がセットを取り返した。両者譲らぬ熱い戦い。見ていて声を出すのを忘れるほど見入ってしまっていた。

「声出さないと…」
「そうだなマネちゃん。最終セットだぞ」
「気合い入れないとな」

全てはこのファイナルセットに掛かっている。

◇◇◇


ファイナルセット、スタメンは第2セットのまま継続。3セット目になっても、徹くんの集中力とはじめくんのパワーは驚くほどに落ちなかった。それどころかどんどん精度が上がっている気さえする。圧倒的な強さを感じるけど、烏野だって負けてない。みんな、まだ目がギラギラしているから。

こんなに長く続く試合は久しぶりだろう。ましては相手は青城だ。集中力が切れてしまってもおかしくないこの場面で、烏野はしっかりとしがみついている。しっかり戦えている。

「烏野、ファイトー!!!」

2セット目の前半と同じように、取って取り返しての攻防戦。長いラリーの末、先に2点差をつけたのは青城だった。
徹くんのサーブを東峰先輩が拾い、澤村先輩がスパイクを打つ。良いコースを狙ったそれはバッチリ決まったと思ったけど、青城の3番の人がギリギリで拾った。

「でもネット超える!」
「いや…」

徹くんはそれをみすみす逃したりするようなプレイヤーじゃない。やっぱりネットギリギリでセットをした先にははじめくんが居て、はじめくんはそれをしっかり決めて見せた。

二人が阿吽の呼吸だね、と言われているのをよく聞いたことがある。それが言われ始めたのがいつからだったのかは覚えていないし、私はいつもそこに入っていないのが寂しかったのであまり好きな言葉ではなかったけれど。でもやっぱり二人には、二人にしかわからない呼吸のテンポがあるんだな。

今の1点で点差は3点。烏野は1回目のタイムアウトを取った。

「お、10番入った!」
「日向…!」

ローテーションが回って、日向がコートに入る。彼が入る前、菅原先輩と二人で話しているのを見た。あと一歩が欲しい。今、この中でその役割を果たせるのはきっと…。

「コートの横幅、めいっぱい!」

飛雄の正確なセット。練習を見慣れている私ですら、一瞬目を離したら見失ってしまう。気づけばコートの端から端にいた日向が決めたスパイクは、青城コートの床に叩きつけられていた。

流れがきた!と思いきや、簡単に崩れてくれない辺りはさすが四強と言わざるを得ないだろう。点差を離すことができないまま、再び青城リード。ずっとコートのいっぱいいっぱい動き回っている日向は、体力的にも心配だな…。
山口がピンチサーバーとして投入されてチーム全体の士気が上がったものの、先に20点代に乗ったのは青城だった。

「烏野、ファイト!」
「気持ちで負けるなぁ!」
「頑張れっ!!!」

届け、頑張れ、負けるな、終わるな。

真下のコートにはオレンジを纏った大切な仲間がいて、ネットを挟んだ反対側にはエメラルドグリーンを纏った大切な幼馴染が居て。敵とか、味方とか、そんなのわからないけれど、なんだかその事実がとても素敵なことに思えてきて、やっぱりずっとずっと続いて欲しいと思ってしまう。浅く苦しい呼吸がこちらまで届いてくるのに、お願いだから、もう少しだけ…なんて、願ってしまう自分がいた。

土壇場のところで24-24に追いついた烏野。今大会初めてのデュースになった。

きっとみんなギリギリだった。ここにいる全員が目の前のボールだけを追って、勝利だけを考えて、全力で跳んでいた。大切な人たちがみんな、同じ方向だけを向いていた。試合終了の笛が鳴った時、私はどんな顔をしていたんだろう。この場にいる誰にも見られたくないほど、ひどい顔をしていたかも。
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