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宮城県インターハイ予選二日目。
烏野高校の本日の初戦はあの青葉城西高校だ。私たちにとって戦いにくく、正直言って高い壁。部員も、もちろん私たちマネージャーもより気合を入れて臨まなければならない…のに。

「紬ちゃん!大丈夫?体調悪い?」
「…え!すみません、大丈夫です。」

気を抜くと、すぐに意識が遠いところに飛んでいってしまう。体育館の水道でドリンクを作っていた私は、他の仕事をしていた潔子さんに声を掛けられた。ドリンク作りが全然進んでいないせいで、私がやるはずだった仕事まで潔子さんが済ませてしまっている。

心配そうに顔を覗き込んでくれた潔子さんを見て、私は罪悪感でいっぱいだった。

試合の結果によっては、私は徹くんとデートをしなければならない。突然幼馴染にデートに行こうだなんて誘われて、動揺してしまっている自分が嫌だった。それに加えて、菅原先輩の行動がわからなすぎる。突然手を握るだなんて、男の子はなんて不思議なことをするんだろう。その意図を本人に聞けるはずもないし、聞けるほど仲の良い男友達もいない。私にとって、ちゃんと会話をするほど関わる男の子なんて部員か幼馴染の二人くらいだ。

見事に恋心がバレてしまった同級生たちには相談できる環境ではあるけれど、突然手を握られただなんて恥ずかしくてまだ言えない。帰宅後もそうして悶々としてしまった私は、答えどころかヒントすら見つけられないまま夜を明かした。

「行け行け青城!押せ押せ青城!」

分かってはいたけど、青城の応援はすごい。公式ウォームアップから応援の声は体育館いっぱいに響いていて、完全に烏野がアウェーの状態だ。

「烏野ファイトー!」
「おっ、マネちゃん。今日も声出てんねぇ」
「嶋田さん、滝ノ上さん!今日も応援ありがとうございます。」

定位置の最前列に立って声を出していると、後ろからOBのお二人が声をかけてくれた。さすがにこのアウェーの応援の中で一人は心細かったので、ほっと胸を撫で下ろす。選手たちは青城の応援に負けじと声を張り上げていて、取り戻したいつもの空気に私の頬も緩んだ。その一方で、青城もやっぱり調子がいいようだ。徹くんは選手一人一人丁寧に声をかけていて、本人も絶好調。怖いなあ…純粋に、そう思う。
青城は空気が良い。チームとして完成されていると思う。だけど、負けないよ。

ピーッ!と試合開始を知らせる笛が鳴る。勝とう、今日も。グッと力を込めて見つめたコートから、徹くんが一瞬こちらを見上げた気がした。まるで私がどこにいるか確かめるみたいに。

1点目はなんと徹くんがツーアタックを決め、青城の得点。決めた時のあの挑発顔と言ったら…間近であれを見たらと思うと背筋が凍る。そして2点目はスパイクモーションからのセットで、はじめくんの強烈なスパイクが決まった。青城の2点先取。あまり良くない流れだな…。

「影山、なんか堅いな」
「…やっぱりそうですよね」

嶋田さんがぽつりとつぶやいた一言に納得する。やはり相手が徹くんとなると、あの飛雄でも緊張するんだろうか。そう思っていたのも束の間、上がったAパスをツーで決めて見せた飛雄。

「緊張とか…ないんだな」
「そうみたいですね……」

宿敵徹くんを目の前にして萎縮していたのは私の方だったかもしれない。飛雄は、あのお世辞にも良いとは言えない性格の男からの挑発に見事に乗り、やり返して見せた。見たところしっかり言い返しているみたいだし、そのおかげで烏野選手のエンジンも掛かったように見える。

とはいえ、やはりとおるくんのサーブは強烈すぎるし、はじめくんを筆頭に攻撃も厚い。レシーブも安定している。

「やっぱり、及川すげぇな…」

4-3で青城がタイムアウトを取った。劣勢でもなければ体力が落ちる終盤でもない。このタイミングのタイムアウトはまさか。

「もう、気づかれた?」
「え?」
「あの変人速攻の合図です。“来い”と“くれ”の」

あの合図を使い始めたのはインハイ予選が始まってから。使い始めて数試合しか行っていないことになる。…てことはやっぱり、徹くんは徹底的に烏野の偵察をしてきたわけだ。予想はしていたけれど、思っていたよりバレるのが早かった。

菅原先輩が単細胞な二人に授けた武器は、やっと使いこなせてきたというところなのに。だけど気付かれたからって動揺したり焦ったりしたら相手の思うツボだ。

「飛雄、耐えてよ…?」

そこから、徹くんが放つ強烈なサーブは徹底的に田中を狙い、点差が開いていった。ムードメーカーである彼を大人しくさせようという考えなんだろうが、本当に徹くんは意地が悪い。
やっとの思いで上がったボールは、飛雄の手から再び田中に上がった。だけどそれも高い壁に阻まれてしまい、烏野コートに落ちていく。

「…大丈夫か、あの坊主」
「負けんな!田中!!!」
「遠藤…」

ちらりとこちらを見上げた田中は、一度拳を握りしめ、気合を入れるように両手で頬を叩いた。コートにいるみんなが田中を取り囲み、口々に声を掛けていた。さすが田中だ。きっともう大丈夫。
徹くん、徹底的にいじめる相手を間違ったようですね。素直でまっすぐな田中は、簡単に折れたりしないんだよ。それに私の仲間は、そんな田中を見て空気を悪くするような人たちじゃないんだよ。

自分で失った点数を取り戻すかのように青城の流れを切ったのは田中だった。だけどそれでも縮まらない点差。烏野が武器としている攻撃がなかなか気持ち良く決まらないまま、11-20で青城リード。飛雄が焦っているのがわかった。きっとセッターにとって、攻撃が止められることが一番の焦りに繋がる…。

「あれ、セッター変わる」
「菅原先輩…?」

飛雄と入れ替わりでコートに入ったのは、凛とした表情を浮かべた菅原先輩。一度心配そうに日向と飛雄を振り返ったけど、コートの中に入ると選手全員とコミュニケーションを取って、見ているこちらまでほっと胸を撫で下ろしてしまうほど暖かい笑顔を浮かべた。コートの空気が暖かく緩むのがわかる。これが、菅原先輩の力だ。

「なぁ、今入った烏野のセッターって…」
「2番…あ、3年だ」
「ゲェ、1年にスタメン取られたんだ」
「かわいそー…」

横の席から聞こえてきた声に、思わず鋭い視線を向けてしまった。本人たちに聞こえる距離ではないけど、私はすぐ視線をコートに戻す。先輩はかわいそうなんかじゃない。かっこいいんだから。

先輩がコートに入って1点目。はじめくんのスパイクを、月島がドシャットして烏野に1点が入った。きっとこれは、菅原先輩の指示だ。

「…かっこいい、先輩。」

溢れてしまった声が、まだ誰にも届いていませんように。
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