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「遠藤ちゃん、遠藤ちゃん。着いたべ」
「っは……せんぱ、!?」

バスの揺れが心地よくていつの間にか眠ってしまっていたみたい。目を覚ましたら菅原先輩の顔が目の前いっぱいに広がっていて、瞬時に脳が覚醒する。

「気持ちよさそうに寝てたなぁ」

びくりと身体を揺らした私を見て、先輩はケラケラと楽しそうに笑った。え、もしかしてだけどずっと肩借りて寝てたの…!?これから試合をする先輩の肩を!?やってしまったぁ、と頭を抱えていると、もう一度大きく笑った先輩が慰めるように私の背中を押した。

荷物を持ってバスを降りると、みんなが待っていた。どうやら私たちは降りるのが一番最後だったようで、みんなにも迷惑を掛けてしまったのではないかと自己嫌悪。もう一度先輩にすみませんと声をかけると、大丈夫だって!と笑ってくれたのだけが救いだ。


一回戦の相手は、常波高校というところだ。県内だから高校名は知っていてもどんなプレースタイルの高校なのかはわからなかったので、少しだけデータを集めたりした。お世辞にも強豪とはいえない高校。だけど、気を抜いてなんていられない。それにどうやら、常波には澤村先輩の中学の同級生がいるらしい。

公式ウォームアップが終わり、片付けを手伝った私は一人観客席へ戻る。一緒に下にいられないのはやっぱり少しだけ寂しいけど、今回も円陣に混ぜてもらった。その度に自分もチームメイトの一員だよ、と改めて言われているようで嬉しくて勝手に頬が緩んだ。

「えぇ、あの小さい子、スタメンなんだ」
「リベロじゃない?」
「でもリベロ別にいるよ、ほら」

観客席に上がって最前列に座ると、近くで観戦している他校の男子生徒の声が聞こえた。日向と西谷を交互に指差しながら不思議そうに呟く。
ふふ、見てろよ〜!少しだけ得意気な気持ちで、気合いを入れる選手たちへ向けて応援の声を張り上げた。

ピーッ!と試合開始の笛が鳴る。常波高校のサーブは、東峰先輩が綺麗に上げた。飛雄は一発目、誰にあげる?

「わっせらー!」
「ナイスキー!田中!!」

うおおお!と上がった雄叫びに近いその声は、喜ぶにしては長すぎる。ピッ、と注意の笛が鳴って、ドッと笑いが湧き上がった。私も笑ってしまって、それと同時に安心する。大丈夫だ、部員はみんないつも通り。一発目の田中のスパイクのおかげで士気もばっちり上がっているはず。

飛雄と日向の超速攻も気持ち良く決まり、相手の選手たちはそれを唖然と見つめている。先ほどまで日向を馬鹿にしたような会話をしていた二人組も、すげぇ…と感嘆の声を上げていた。

そうだろう、そうだろう。私のチームメイトはすごいだろう。選手のおかげで、私まで鼻高々だ。私の仲間たちは、みんな強いんだ。緩む頬を抑えきれずに、大きく声を上げた。

烏野は順調に1セットを先取し、2セット目もリードが続いている。
それでも常波も負けず劣らず粘り強くて、ラリーが続くことも多かった。しかし、24-14で烏野のマッチポイント。

「あと1てーん!!」

私の声に反応した部員が、一瞬こちらを見上げたような気がした。ラストは、影山からまっすぐ上がったボールを澤村が撃ち抜く。良いコースのスパイクは、コートの左端に叩きつけられた。2セット目も、25-14で烏野の勝利。

「お疲れ様でした!」
「おう!応援聞こえてたぞ〜」

下にいるみんなの元へ駆け寄ると、澤村先輩はまるでお父さんのように優しい笑みで私とハイタッチを交わしてくれる。流れるようにみんなとハイタッチすると、常波の選手が澤村先輩を呼び止めた。きっとあの人が、ウワサの中学の時のチームメイトなんだろう。

私だったら昔の戦友とこうして戦うことになるなんて少しだけ寂しかったりするのかなと思ってしまうけど、きっと選手たちはそうではないのだろう。話が終わって戻ってきた澤村先輩は、さっきよりもずっと晴れ晴れとした表情をしていた。

「二回戦、伊達工ですね」
「そうだね」
「…でも、大丈夫ですよね」

もう烏野は、前までの烏野じゃない。みんなみんな、レベルアップした。それが合わさったのが今の烏野だ。
自分にも言い聞かせるように呟いた一言に、潔子さんも力強く頷いた。目を見合わせて笑う。わたしたちの仲間は、とっても強い。

お昼を取ったら二回戦はすぐにやって来る。部員にお昼のお弁当を配ったところで、飛雄と日向がいないことに気が付いた。

「ほんっとすぐいなくなるんだから…」
「悪いけど、見てきてもらえるか?」

澤村先輩が申し訳なさそうに眉を下げるので、気にしないでくださいとその場を抜け出す。あの二人のことだから、どこかで練習しているかもしれない。だとしたら外かなー…と廊下を向けて玄関へ向かおうとした時だった。

「紬」
「一くん、徹くん!」

シードである青城はまだ試合がないから、他の学校の偵察とか見学だろう。ミントグリーンのジャージを身に纏った二人は、爽やかに片手を上げた。

「試合、見てたぞ。やっぱりあの10番の速攻すげぇな」
「ふっふー、でしょ!でもうちはそれだけじゃないよ」
「影山のサーブも精度上がってたな」
「一くんのスパイクも威力上がってるけどね」

烏野の試合を見ていたというはじめくんは、労いの言葉を私にくれる。次は伊達工なんだと答えると、頑張れよと雑に私の頭を撫でた。頑張るのは私じゃないけどね、という言葉はなんとなく胸の中に押し込んだ。ずっと黙っていた徹くんが、私の頭を撫でる一くんの腕を掴んで唇を尖らす。

「俺もいるんだけど」
「? 知ってるよ」
「…っあああ、もう!そうじゃなくて!」

そういえば、徹くんとはあの日からちょっと気まずいんだった。少し考えなしだったかもと眉を下げると、そういうことじゃないと困った顔をされた。

「烏野、次伊達工戦で勝ったら、ウチとじゃん」
「うん、そうだね?」
「そしたらウチが勝つじゃん」
「なっ」

挑発するような言葉だけど、当たり前みたいに言う徹くんにイラっとする。言い返そうとしたけれど、徹くんはそれを拒むように言葉を続けた。

「そしたら、一日俺とデートしてよ」

にっこり。いつもの何か企むような凄みのある笑顔だ。これをされて仕舞えば私に拒否権がないのは昔からのことで、八方塞がりのようで視線を泳がす。隣にいたはじめくんに助けを求めたけど、お手上げだと言うように眉を顰めて私から目を逸らした。嘘、見捨てられた。

「決まりね。だからとりあえず伊達工には勝ってよね!」
「か、勝つもん!」
「じゃないと賭けにもならないから…ね?」

その視線はなぜか私ではなくて、後方に移される。言い方、本当にムカつく!むすっとしたまま徹くんを見上げると、そんな可愛い顔しても無駄だよ〜と爽やかスマイルを浮かべて去っていった。

「ふふ、見た?あの焦った顔」
「本当性格悪いな、お前」

遠ざかっていくのに声が大きい二人の会話は丸聞こえだ。一くんの言い過ぎだろ、という言葉まで鮮明に聞こえてくる。ほんっとに徹くんってこう言う時性格悪い!
イライラする気持ちをいっぱい込めてぐっと手を握り締めると、少しだけ心が落ち着いた。ほんの少しだけ。

そういえば私、日向と飛雄のことを探しているんだった。もしかしたら戻ってるかもしれないから一度様子を見に戻ろうと振り返ると、一瞬廊下の角に見慣れたグレーの髪の毛が揺れていた。

あれ、今のって菅原先輩?慌てて駆け寄るけど、そこにはもう人影はなかった。
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