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6月。世間では梅雨入りだと騒がれているけれど、ここ宮城では梅雨はもう少しだけ先のようだ。そんな晴天な今日、私たちバレー部はインターハイ予選初日を迎えようとしている。

昨日、潔子さんからの激励があったおかげで部員たちの士気はMAXに高まっている。あのサプライズは私も手伝うかと申し出たけれど、潔子さんが私がやりたいんだと綺麗な笑顔で微笑みかけて下さったので、私は手を出さなかった。きっと、三年生として、潔子さんのマネージャーとしてのプライドが含まれていたんだと思う。時間を少しずつ割いて修繕をしていたのを知っていたので、もちろん私も泣いた。

私が3年生になった時、あんなふうに部員のために何かできるだろうか。私が何かすることで泣いて喜んでくれる人はいるんだろうか。そんな未来への不安を少しだけ抱えて、I H予選前日の部活を終えた。


いつもより早く着きすぎてしまったと思ったけれど、案の定日向と飛雄はもう部室の前にいた。いつものことながら早すぎるし、相変わらず喧嘩腰な二人を見て笑ってしまう。

「おはよう」
「「はざす!」」

初めはどうなることかと思っていた二人だったけれど、やっぱり良い相棒みたいなものなのかもしれない。真っ直ぐぶつかり合っている二人を見ると、少しだけ羨ましくなってしまう。私にはそんな存在はいないから。

「二人とも、今日はよろしくね」
「はい」
「大王様にも、勝ちます!」
「うん。徹くんもはじめくんもみんなに勝って、全国行こうね」

私自身にも言い聞かせるように笑みを浮かべると、強い目をして頷いてくれた。こんなに頼もしい先輩がいて、格好良い先輩がいて、最高の同級生がいて。一瞬でも無い物ねだりをしてしまった自分を恥じる。私は今、最高に幸せじゃないか。

「早いなぁ、相変わらず」

穏やかな声がして振り返ると、三年生が三人一緒にやってきた。どこかで会ったのか、約束をして登校してきたのかはわからない。それでも、三人からは何か熱いものを感じた。最後のインターハイ予選、負けたら終わりの試合。言葉にせずとも特別な試合であることは当たり前で、なんだか泣きそうになってしまった。

とはいえ、私がここで感極まるのは違うので誤魔化すように目を逸らす。落ち着いて顔を上げた先で菅原先輩がこちらに笑いかけてくれて、安心なのか不安なのかよくわからない感情でいっぱいになった。久しぶりに、目が合った気がする。


時間どおりやってきた潔子さんと力を合わせて荷物の準備をする。やはり大会となると荷物が多くて、部員にも手伝ってもらいながらバスに荷物を詰め込んだ。

「よーし忘れ物ない!?出発するよー!」

最後の最後で買ったばかりのテーピングを忘れていたことに気づいた私が、最後にバスに乗り込む。たけちゃんの声にみんなが頷いたところで、気づいた。潔子さんの隣には応急キットが置かれていて、私が座れるようには見えない。じゃあ二年の誰か…と思ったけれど、一人で座っていた力の隣にはジャグやら空のボトルやらが積まれていた。あれ?私どこに座れば…。

「お前座るところないのか?」
「監督…。コーチの隣に…」
「俺は一人席。」

その通り。前方は構造上一人席になっている。もういっそ座れればどこでもいいか、と潔子さんの隣の補助席を出そうとした時だった。

「ここ、空いてるよ」
「…菅原先輩、」

声のした方に顔を向けると、軽く手を上げてこちらを見つめているのは菅原先輩。確かに窓際に座る先輩の隣はぽっかりと空いている。烏養コーチが補助席よりはそっちの方が良いだろと続けて言ったため、私の身体はそちらに向かって進まざるを得ない。

たった一瞬の出来事で、ただ空いている椅子に座るだけなのに。自分の手足がしっかり動いているのかわからなくなってしまう。ドキドキ、色んな意味で緊張している。

「先輩、狭くなっちゃってすみません」
「長丁場なのに助手席は辛いべ?いーって」

朝、目が合ってから菅原先輩はいつも通りだ。今までのぎこちなさが嘘だったみたいに笑いかけてくれるし、今だって普通にしゃべれている。

チラリと前方に視線をやると、田中と目があってグーサインを見せられる。もしかしてこれ全部、仕込まれてた?潔子さんの隣に荷物があったのはたまたまかもしれないけど、もしかしたら二年の席配置と荷物の置き方は彼らの仕業かもしれない。

一度その考えが浮かぶと、そうとしか思えない。昨日の「俺たちに任せろ!」という頼もしい言葉を思い返していた。みんなに気持ちを打ち明けるということは、こういうことなのか…と頭を抱えそうになった。


「…なんかさ、ごめんな」
「え?」
「合宿の時……変なこと聞いちゃって、さ」

バスが走り出してしばらく経った頃。隣からぽつりと声を掛けられる。

「そんな、私は」
「とにかくごめんな。俺も焦っちゃって、考え無しだった」
「…えっと、?」

歯痒そうに自分の首元に触れた菅原先輩は、困ったように眉尻を下げて私に微笑みかけた。なんで菅原先輩に謝られているのかいまいち理解しきれずに首を傾けたけれど、はぐらかすように笑みで押し切られる。

「俺余裕なさすぎて、カッコ悪…」
「余裕?」
「こっちの話」

背もたれに身を預けた菅原先輩が独り言のように呟いた小さい言葉ですら、耳に入ってしまう距離。菅原先輩が、私の隣に座っている。言葉の意味を理解するために顔を覗き込もうとしたけれど、ふいと逸らされてしまった。既に先輩の視線は窓の外に注がれている。
窓の外の流れる景色を見ながら、どんなことを考えているのだろう。私が一人でそんなことを考えても正解に辿り着けるはずがなくて、また寂しさを感じた。

バスが走行する音だけが響く車内の中で、あの夜のことを思い返していた。菅原先輩に謝られてしまうようなことは、多分されていない。私の胸に刻み込まれているのは菅原先輩には好きな人がいるということだけで、それがショックで胸が騒ついただけ。

チラチラと盗み見ることしかできないその横顔は、とっても綺麗だ。全体的に女の子のように色素が薄くて、整っていて、パーツがまあるい。羨ましいなぁ、素敵だな。
私が綺麗だなって思う菅原先輩の全てを、先輩は誰に独占されたいと思っているんだろう。私が今すぐにでも触れたいと思っている短く整えられたその襟足に、躊躇いなく触れられる人はどんな人なんだろう。きっと、素敵な人なんだろうな…。考えているうちにうつらうつらと眠気が襲ってきて、抵抗已む無く意識を手放した。

◇◇◇


「スガさん、それ」
「ん?あー……これ?着くまで静かにしてやって?」

隣から刺さるように感じていた視線が無くなったと思い隣を見ると、彼女はゆらゆらと頭を揺らしながら夢の中に引き込まれていた。バスが信号で止まるたびにガクンと首が揺れるのが可哀想で、そっと頭を自分の右肩に引き寄せる。自分でやったくせにうるさいぐらいに心臓が鳴って、ダサいなぁなんて一つため息を溢す。

初めのうちはバクバクしていた心臓も、いつの間にか落ち着いてきた。とは言っても同じように眠れるほどリラックスができるはずはない。窓の外で流れる景色を見つめているだけなのも飽きてきて、持っていた文庫本を開いたところで、トイレ休憩から戻ってきた田中が俺を見てギョッと声を上げた。

「あー…寝不足っぽかったんで、しょうがないっすね」

騒ぎ立てるかと思いきや、ちょっと考え込むように述べた田中は納得の表情だった。寝不足、か。

すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる彼女の顔を覗くと、確かに目の下にうっすらと隈が見えた。寝不足になってしまうほど、考えこむことがあったのだろうか。先ほども話題に上げた合宿の際に聞いた、好きな奴のことだろうか。彼女の好きな奴といえば、やっぱりあの青城の主将なんだろうか。それとも、同じクラスのやつとか?だとしたら縁下と成田は知っていたりするんだろうか。

再びバスが走り出すと、その衝撃で遠藤ちゃん身体がぐらりと前に倒れて咄嗟に片手で支える。当たり前だけどその身体が柔らかくて細くて、女の子だなぁと変態じみたことを考えてしまった。“好きな人”は、こんなハプニングがなくても容易く触れられるんだろう。顔も名前も知らないそいつのことが羨ましくて仕方なかった。


「あー…本当、格好悪」

溢れた言葉は、きっと誰にも拾われていないだろう。彼女の寝不足の原因が俺だったらいいのに、なんて淡い期待は抱いていないふりをして、再び頭にほとんど入ってこない活字に視線を落とした。
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