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「遠藤、飯食いに行こうぜ」

部活終わり、田中が私に声をかけた。澤村先輩から肉まんを奢ってもらうのが日常化していたこの頃、こんなふうに同級生からご飯に誘われるのは新鮮なことだった。もしかしたら、私のことを気にかけているのかと思うと断るに断れなくて、肯定の意を込めてひとつ頷く。

田中と西谷くらいかなと思っていたけど、部室から出ると二年全員が私のことを待っていて正直びっくり。六人で一緒にご飯なんて今まであっただろうか。

「今日は俺が奢ってやる!」
「え、嘘」
「おー!特別だからな!」

珍しい提案にびっくりするけど、やっぱり私はいつも通りのテンションではないらしいと察する。西谷も田中も私を元気付けようと、笑わせようと話をしてくれる。それがありがたいやら胸がズキズキするやらで、どうしても私は下を向いてばかりだった。

連れてこられたのは烏野から徒歩でいけるファミレスで、御飯時から少し過ぎたこの時間でも六人が入るのには少し待った。

「俺はデリカシーがないから単刀直入に聞く。今日どうした?」
「本当にデリカシーないな」

ぴったり六人が座れるボックス席に通された私たち。
一通り食べたいものの注文を終えたところで、真剣な顔をした田中がまっすぐに私を見た。単刀直入すぎて笑ってしまう。田中のそういうところに助けられた、というのはまだ内緒。

笑ってしまったものの内容が言いづらいことは変わりなくて、私は口を開けないまま視線を落とす。

「…菅原さんとなんかあったの?」
「え、」

まさか図星をつかれるとは思わなかった私が顔を上げると、こちらを見ている力と目があった。あぁ、全部お見通しなのかも。その目を見たら、そこまでは簡単に察することができてしまう。

この間はバレていないと思っていたのに、みんなじっと私を見ていた。西谷ははぁ?という顔をしているのに、田中が真剣な顔をしていて驚いた。マジで?ほんとに知ってたの?ここまでの空気になってしまえば否定もはぐらかしも効かなくて、首を小さく縦に振るしかなかった。

「全くなにしてんだか…」
「全くです」

私がことの経緯を話すと、はぁ、と呆れた表情を浮かべた面々。想定外の反応だった私の小さな心臓はキュッと縮こまってしまう。

「遠藤!女なら真っ向勝負だ!」
「はあ…」
「要するに!スガさんにも色々思うところがあるっつーことだ!だけどそれは言われてないわけだから、遠藤にも、もちろん俺たちにもわかんねぇ。当たり前だ!だからこそ、ちゃんと話すってことが大事だろ?」
「……うん」
「そうと決まれば俺たちの出番だよな!」

田中が珍しく真っ当で格好良いことを言うので、感動して胸が熱くなった。これが田中龍之介が漢たる所以なんだな…。俺たちの出番だ!と辺りを見回した田中に、こくりと頷く力以外のメンバーたち。力だけは面倒そうにため息を吐いていたけど、このため息の吐き方は嫌じゃないってことを私は知っている。厄介なクラスメイトたちを宥める時と同じ表情をしていて、私もとうとうその領域に達してしまったのかと思うと少しだけ怖くなった。

「…まぁ、ずっとこの調子は困るからね」
「縁下!それでこそ、縁の下の力持ちだな!」
「サポート隊長力!安心だぜ!」
「縁下って、遠藤に関しては割と表向きの力持ちだけどね」

にこやかに笑う仲間たち。確かに力はいつも迅速にサポートしてくれるので、成田くんの言う通りだ。
みんな口々にできることはないかと話し合いを続ける。中には的外れなものもたくさんあるけれど、全て私のことを考えて助けになろうとしてくれているんだなぁと思うと、胸がジーンとした。ほんと、良い仲間を持ったな。

「私、みんなが同級生でよかった」

一年の時、西谷がバレー部に誘ってくれなかったら。田中がゴリ押ししてくれなかったら。縁下が同じクラスじゃなかったら。成田くんと木下くんがあのまま部活に戻ってきてくれなかったら。みんなが、いなかったら。きっと私は今、ここにいないかもしれない。


そう思ったら賑やかで問題児扱いされがちなこの仲間たちが本当に愛おしい。心地よくて、最高の仲間だって胸を張って言える。最高の仲間なのは先輩も後輩も含めてのバレー部だけど、でもやっぱり、安心する。

ふと頬を緩めると、みんながみんな全力で笑っていた。一人ずつ、わしゃわしゃと私の頭をかき乱して豪快に笑う。そこからは部活の話だったり、担任だったり共通教科の担当教師のズラの話だったり、田中が授業中寝過ぎて思い切り寝ピクした話だったり、いっぱい笑った。


「はー…笑ったあ」
「田中、ほんとに次のテスト大丈夫かな」

お腹いっぱい食べ、お腹痛くなるまで笑った帰り道。

「俺はさ、やっぱ紬は周りのこと考えすぎだと思うよ」

それぞれが解散して、私と力二人で駅まで歩いていた。さっきの話の続きが突然戻ってきたんだとわかるくらいに空気が変わる。でもそれは責められるようなものじゃなくて、私の心を軽くしてくれるような話っぷりだった。

「菅原さんのことくらい、自分の好きなように行動していいんじゃない?」
「私、結構自分勝手だと思うけどな」
「…本質はそうだけど。でも誰に対してでもそういうわけじゃないでしょ」

「もしかしたら、菅原さんだってそういう紬が見たいのかもしれないじゃん。わかんないけど」

…そう、なのかな。
みんなに言われて気づいたことではあるけど、やっぱり私は菅原先輩に気を遣っているところがあると思う。それは先輩だからと言うのももちろんあるけれど、“好きな人”だから。
だから本心はバレたくなくて、自分が思っている嫉妬とか羨望とかそういうのじゃなくて、綺麗なところだけを見られたいという気持ちもあって。だからこそ、本当の私を見せられているかといえば、自信を持ってハイとは言えない。

私だったら、菅原先輩の全部を知りたい。部活しているところも、授業受けてるところも、クラスメイトと話をしているところも。強いところも、弱いところも全部知りたい。同じようなことを、先輩も思ってくれているかもしれないと思ってもいいのだろうか。そんなの、烏滸がましくないかな。…でも。

力と別れてそんなことをぐるぐる考えていると、いつの間にか最寄駅に辿り着いていた。
駅のショーウィンドウに映った自分の姿を見てハッとする。私はもう、高校二年生になったのだ。一年の時よりも伸びた髪、少しだけ短くしたスカート。あんなに見慣れなかった制服姿が、こんなにも当たり前の光景になっている。一年も経ったんだ。そして私の好きな人は、私よりも先に高校生じゃなくなってしまうんだ。残された時間は、無限じゃない。

そう考えたら心臓がちくりと痛む。やっぱり、少しだけ。少しだけ、我儘になってもいいだろうか。
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