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「さぁ、好きな人と同じ屋根の下で一週間も過ごしたはずの紬ちゃんはなーんでヘコんでんのかな?」

GW明け一発目の授業は全くと言っていいほど集中できず、ぼけっとしているうちにあっという間に昼休みになった。いつ行ってきたのか、購買にある自販機のパックレモンティーを私の机に置いた沙良は、前の席に腰掛けながら頬杖をつく。笑って誤魔化そうにも出たのはあまりにも乾いた笑いで、何かあったと肯定しているようなものだった。

「菅原先輩と喧嘩でもした?」
「喧嘩ならまだ良かったのかも…」

喧嘩、か。そもそも私は菅原先輩と、喧嘩をできるような関係ではない。
結局あれからまともに会話をすることができなかった。タオル渡したりドリンク渡したりを拒否されることはないけど、今までみたいにそのタイミングで雑談をすることも、笑顔を見せてくれることもなかった。やっぱり私、菅原先輩に嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない。

それを考え始めると吐き気がするくらい不安になって、合宿後半はなかなか寝付けなかった。おかげで今も、少し寝不足ではある。

「私、なんかしちゃったのかなー…」
「んー、わっかんないなぁ。男の人って」
「ね。先輩も、徹くんも意味わかんない」

うまく纏まらない私の話を、沙良はご飯を食べながら聞いてくれた。話しているとなんだか泣きそうになってしまって、途切れ途切れになった時も黙って私が話し出すのを待っていてくれた。気づけば私も沙良もお昼ご飯を食べる手が止まっていて、もう休憩時間は残り5分なのに半分以上残っている。

「男の人って意味わかんない!見返してやろう!」
「えっ!?」
「紬がこんなに想ってるのにそういう態度取るなんて馬鹿だよ!見返してやる!!!」
「ちょ、意味わかんないっ、声でかい!」

がたん、と沙良が椅子から立ち上がった時には、食堂に行っていたクラスメイトたちも大体が教室に戻ってきていた。話の脈絡はバレていないだろうけど、絶対なんか…色々聞こえてる。

「ウチらは華のJKなんだよ!楽しまなきゃ勿体無いから!」

ビシ!と窓の外を指差した沙良は、あの青春ドラマのようなセリフを吐く。その青臭くてむず痒いセリフが私のツボにハマってしまい、お腹を抱えて笑い転げた。なぜかみっちゃんまで加わって主人公のモノマネをするものだから、息が吸えなくなるくらい笑った。

もっと話して笑っていたかったけど、授業開始のチャイムによって阻まれる。ご飯は半分以上残っていなかったけど、おかげでとても元気になった。何も解決はしていないけど、なんとなく、頭の中がそれだけじゃなくなった。ありがとう、みんな。

「てか徹くんの話って何?後で聞かせてよね」

感謝したのも束の間、席に戻りながら沙良が大きい声で言うので私の身体はぴしりと固まる。力と成田くんの視線がガッツリこちらに刺さっている。ば、馬鹿野郎!

◇◇◇


昨日まで合宿があったと言えど、普通に部活があるのが烏野バレー部だ。沙良とみっちゃんのおかげで上がってきたテンションをそのままに、部室に向かう。

「遠藤、ちょっといいか?」

体育館に向かう途中の私を引き止めたのは、澤村先輩だった。
いつも肉まんを奢ってくれる優しい先輩とは違う、ちょっとだけ真剣なその表情に背筋がひやりとする。有無を言わせぬ雰囲気に首を縦に振ると、第二体育館の裏に連れて行かれた。人通りの少ないその場所は告白スポットとして有名だけど、こうやって部活の主将に連れてこられると何を言われるのかとヒヤヒヤしてしまう。

「あの、さ」

首元に右手をやった澤村先輩は、言い淀むように口を開く。普段はハキハキ話をする澤村先輩が言い淀むほど、言いずらいことなのか。もしかして私、何か重大なミスを犯してしまったのか。ぐるぐると頭をフル回転させるけど、思い当たるようなことは浮かばない。

絞り出すようになんですか、と尋ねた私の心臓は、ギシギシと嫌な音を立てていた。

「最近……スガとなんかあった?」
「……え?」

最悪、マネージャーを辞めてくれと言われてしまうのではないかと想像していた私は、思っていたものとは違う問い掛けに阿保面を浮かべる。

「何か、」

何かあったといえば、あったのかもしれない。でも、何があったかどうかをちゃんと伝えられるほどの言葉を、今の私は持っていない。どうやって答えようと思っていると、澤村先輩が私のことを心配そうに見つめていることに気づいた。

その視線がどうしようもなく優しくて、ずっと堪えられていた涙が溢れてしまいそうになる。

「遠藤…?」

咄嗟に下を向き、両手を思い切り握り締めた。だめ、だめだ。こんな、公私混同みたいなこと、最悪だ。そもそも前提として私はバレー部のマネージャーで、私の全てをかけてバレー部が春高に出場して日本一になるためのサポートをするのが私の存在意義だ。
それなのに恋愛にうつつ抜かして、こうして主将に声をかけてもらうほどに迷惑をかけて。

「えっと、あの…」
「ごめん、泣かせるつもりじゃ…。ていうか、部員のそういうの?踏み込むつもりじゃなくて」
「あ、の…違うんです、私が多分、勝手に、」
「…悪い。大丈夫だから」

説明しないと。整理して、私が菅原先輩が嫌だと思うことをしてしまったんだと話さないと。菅原先輩は悪くないってことを分かって貰わないと。そう思えば思うほど頭の中が真っ白になって、声にならない声が口の端っこから漏れた。目の前の澤村先輩が困り果てているのがわかる。自分がとうとう泣いてしまったと気づいたのはこの時だった。ごめん、と何回も口にさせてしまってごめんなさい。

一度溢れてしまった涙が止まるのには時間がかかって、でもその間、澤村先輩は黙って待っていてくれた。シャツの袖で涙を拭ったところで、また優しい声が降ってくる。その優しい声にまた涙が溢れそうになってしまって、思い切り唇を噛んで堪えた。

「落ち着いたか?」
「すみませんでした」
「変なこと聞いて悪かった。皆には説明しとくから、ゆっくりしてから来な」

ぎこちなく笑みを浮かべた澤村先輩は、私の肩にぽんぽんと触れてから体育館に戻っていった。私は、ずるずるとその場にしゃがみ込む。

やってしまった。とうとう、先輩を困らせてしまった。私が泣く資格も理由もないだろうと堪えていたものが、澤村先輩の前だとなぜか堪えることができなかった。それはきっと主将という立場の安心感でもあると思うけど、菅原先輩の近くにいる人だから全てお見通しなのかも、と怖かった気持ちもあったのかもしれない。考えているとまたじわりと涙が浮かんできて、必死にお昼にやってくれた友達のギャグを思い出した。

水道にやってきて、この季節ではまだ冷たい水を顔に当てた私は、やっと体育館の中に入ることができた。澤村先輩がなんて説明したのかはわからないけど、ちょっと気を遣われているのが分かる。
その空気がなんとも胸に刺さってしまって、また目に涙の膜が張った。慌ててあくびをして誤魔化したけれど、バレていないことを祈るばかりだ。
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