37

濃密な練習をたくさん詰め込んだGW合宿も今日が最終日だ。そして、今日はとうとう音駒高校との練習試合。
あれからトランプは何敗もしたけれど、菅原先輩とは会話らしい会話ができていない。それが少しずつ胸の中に違和感として溜まっていて、私から話しかけることも躊躇ってしまう。このままじゃ嫌だと思うのに、嫌われてしまうとか無駄な心配が勝って行動ができないのだ。

菅原先輩がコーチに何かを言ったのはなんとなく感じていた。三年生全体の雰囲気が、なんとなく違っていたから。何を言ったのかは知らないけれど、きっとレギュラーに関することなんじゃないかと予想している。日向と影山にサインを提案したのも菅原先輩だと、後輩たちから聞いた。わかっている。菅原先輩は、そういう先輩だ。
声をかけたいのに、かけられない。私如きが何を言うの?という気持ちもあるし、あの日から気まずいのもある。全てに理由をつけて、私は何も踏み出せないままだ。


お借りした体育館にやってきた私たちは、早速バスから降りてきた音駒高校と対面する。

「赤いジャージって、強そうですよね…」
「ウチの威圧感も同じくらいだと思うけどね」

横一列に並んで向かい合う部員たちからは、ばちばちと火花が飛んでいるかのようにさえ見える。赤、かっこいいなあ…。ポツリと私の呟きを拾った潔子さんと雑談をしながら体育館へ向かっている時だった。

前方に、田中と音駒高校のイカつい部員が睨み合っているのを発見する。何か嫌な予感がしたので潔子さんを庇うように立ちはだかって様子を伺うと、やはり何かで揉めているようだった。

「潔子さん、私に任せてください」

田中を止めに入ろうとしたところで、スッと私の目の前に立った菅原先輩が田中を止めた。私は、穏やかに宥める菅原先輩の背中を見つめたまま動けない。音駒高校の良心的な人も加わって、どうやらその場は治ったようだった。
私の出る幕はなかったので、安心しながら体育館へ入る。いつもと違う環境にどうしても気持ちが浮ついてしまって、平常心を保つように一つだけ深呼吸をした。


我が校とは勝手の違う水道でドリンクを作り、勝手の違う体育館倉庫から諸々の道具を取り出して試合の準備をする。修繕仕立てのピカピカなユニフォームを見に纏った部員たちも、どことなくいつもよりシャンとして見えた。

今日は主審・副審ともに部員が行うので、私と潔子さんはベンチで見学だ。公式試合はマネージャーは一人しかベンチに入れないけど、練習試合だから特別に。今日は私がスコアをつけることになっている。
それにしても、音駒の選手たちみんな身長高いな…。東京の人たちは食べるものが違うのかな?

音駒のセッターさんのサーブから始まった試合は、なんとなく烏野有利で進んでいる気がする。一発目から変人速攻が決まり、相手選手も監督も驚いているように感じた。
そういえば、日向は何故か相手のセッターさんと仲良さげに話していたっけな。本当にコミュ力お化け…。

菅原先輩は、選手にドリンクを渡しながらバレー初心者の武ちゃんにルール説明をしている。私は潔子先輩にアドバイスをもらいながらスコア付けに集中していた。本当はスコアをつけながら音駒の癖とか試合の運び方とかメモできればいいんだけど、攻撃が早い烏野ではスコアつけるだけで精一杯。まだまだ私も反省と改善点がたくさんだ。

「なーんか気持ち悪いなぁ…」
「うーん、なんというか…焦ってないですよね」

烏養コーチの言葉に、私も頷く。普通変人速攻を見たらびっくりして日向をマークしがちになるけれど、そうではない。じっくり様子を伺いながら攻略法を練っている…というか。

その嫌な予感はやはり的中して、どんどん日向の攻撃が拾われるようになってきた。囮に飛びつかれることもなく、冷静に対応される。こういう相手は、今のところ烏野にとって武が悪いんだろうな。普通に考えたら決まる攻撃が決まらない。

どうやら穴のない守備、というのが音駒高校の強みらしい。今まであまり見たことのない戦い方をするチームだなと興味を惹かれてしまって、スコアをつける手が止まってしまうほど見入っていた。結局潔子さんにサポートしてもらっていて申し訳ない。でも、この戦い方も面白い。


「弧爪くん、ですか」
「あいつが中心なんだろうな」

烏養コーチと武ちゃんが、相手セッターの話をしていた。
音駒のセッターは孤爪くんと言うらしく、彼がセッターとして機能するためにカバーするチームが音駒だという。確かにそうかもしれないなと思った。変人速攻を止めたり、適切なところで攻撃を挟んだり。それの指示を出しているのは彼。ゲームするみたいにバレーをする人だと思った。

2セット目に入ると、それが顕著に現れ始める。
7番の長身くんが、日向の素早い動きに対応できるようになってきた。身長が高い彼に阻まれることも少なくない。見ていて胸が痛くなるけれど、監督は日向を変えないと告げた。

「日向は、ここで折れたりしないと思いますよ」
「あぁ。でも、これが公式戦だとか、もし戦意喪失するくらいなら変えたほうがいいかもな」

きっとこういうところから、だ。烏野は、強くなっていくんだ。
それでも、今の烏野は音駒には勝てなかった。攻撃力だけで言えば烏野も負けていないはずだけど、それ以外のところが劣っていた。チームとしての力。

「もう一回!やろう!」

少し沈みかけていた空気を遮るように、日向の明るい声が響いた。そこからは練習試合、試合、試合。何度も何度も試合を重ねて。それでもやっぱり烏野が勝てた試しは一度もない。それが今の実力ということだ。
だけど、私にとっては収穫もあった。音駒はレシーブに穴がない。ブロックも、リベロの人が取りやすいようにコースを絞るような陣営を取っている。烏野は攻撃力が要のチームだけど、やっぱり守りというのはバレーボールにとって避けては通れない。これは、学ばせてもらうものが多い。


「遠藤ちょっと来い!」
「なあに?」

全ての試合が終わり、借りていた体育館の清掃に取り掛かる。私も仕事をしていたところで、体育館倉庫にいる田中が私の名前を呼んだ。どうせロクなことじゃないと思いつつ駆け寄ると、一緒に居たのは朝睨み合っていた音駒のモヒカンくん。

「また喧嘩してんの!?澤村先輩に怒られるよ」
「虎よ、これが潔子さんではない方のマネージャーだ」
「お、お名前は…」
「遠藤だ!」
「遠藤さん…!」

話がなにも理解できない。なのに田中の手によって掴まれた私の右手は、虎と呼ばれる男の子と握手をする形になった。とりあえずよろしくね、と握ってみると、面白いほどに焦りと不安と赤面した彼。どうやら潔子さんにお近づきになりたいと思っているが女性に耐性がないらしく、まずは私からということらしい。まずは私から、というのが腑に落ちない部分ではあるけれど、悪い人ではなさそうなのでよしとしよう。

「潔子さんに近づきたければ私を通してからにしな!」
「「ははっ、遠藤様‥!!」」

通りすがった月島がすごくギョッとした顔をしていたのは、見なかったふりをした。
そんなこんなで愉快な友達もでき(虎くんは私たちと同じく二年生らしい)、充実した練習試合とGW合宿になった気がする。

「ねぇ翔陽、マネージャーのさ」
「?どっちの?清水先輩かな」
「いや、小さい方」
「あぁ、紬さん!二年生だから、研磨と同じ年だよ」
「すごい、わかりやすいよね」
「ん?どういう意味?」

音駒高校をシャトルバスの前で見送る。
田中と虎と二度目の握手を交わしていた横で、そんな会話がされていたことを私は知る由もなかった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -