35

次の日。

セットした目覚ましの時間通りに目覚めた私は、準備をして高校へ向かっていた。とは言っても、授業は普通にあるので登校にプラスしていつもよりも多めの荷物があるだけ。…これがまた、少し億劫なんだけど。
私の地元から烏野は距離があって、バスと電車を乗り継いで登校している。朝練の時間に出発するので人の多さとしては少しマシだけど、この長い距離を重い荷物を持って登校するのは大変だったりする。

「おはざーすっ!」
「おはよう日向、元気だねぇ…」

ということで、私の疲労は朝から結構キている。にも関わらず、目の前にいる後輩は朝から元気いっぱいだ。今すぐにでも動き出したいオーラがぷんぷん出ている。聞いたところによると、日向は自転車で山を越えて登校しているはずなのに…。本当に体力底なしだ。

GW前最後の授業を無難に終えて、とうとう合宿のスタートだ。
日程は例年通りといえど、今年は烏養コーチがついている。合宿メニューも、指導者がいなかった去年とは大いに変わるだろう。消耗品の減りが早いかな?と潔子さんと相談して買っておいた備品が無駄にならないといいけど。

「ゲロ吐いてもボールは拾え」
「オス!!」

…えぇ。吐かないでほしい。


コーチの指示通り、みんな必死にボールに食らいついていた。やっぱり合宿ということでいつもの練習より気合が入っているのか、声も出ているしさらに前のめりだ。アタック拾ったり基礎練したりはやっぱりきつそうだったけれど、試合形式になるとイキイキしている。キュッとシューズが擦れる音と、バシン!と体育館に響く音が心地よい。

あんなに動いたのにすごいなぁ…と横目で見ながら、私は夕飯作りに取り掛かるため、潔子さんに声をかけてから体育館を出る。

「遠藤さん!」
「…武ちゃん?どうかしましたか?」
「僕も手伝います!」

ふん、と腕捲りをして見せた武ちゃん。昨年は顧問がおじいちゃん先生だったし、潔子さんもマネージャーの仕事があったから私が一人で作ったのだ。だけど今年はなんと、手伝ってくれる先生がいる…!

腕捲りした武ちゃんの手を両手で掴んでありがとうございます!とブンブン振ると、ちょっと驚いた後に目を輝かせて笑ってくれた。心強い!

「遠藤さんは料理が得意なんですねぇ」
「あー、これは……幼馴染もバレーボールをしてて。ちょっとでも役に立ちたくて、栄養のこととか勉強したりしてたんです。」
「そうなんですね。その幼馴染さんは嬉しかったでしょうね。」

料理とは言っても、初日のメニューは合宿名物大鍋カレーですけどね。
食材を切って、ポンポン鍋にぶち込んでいく。結局これが一番安全で作りやすくて美味しいのだ。運動部の強い味方。後半は潔子さんも合流して、三人で夕飯作りをした。武ちゃんの手際も思っていたよりも良くって、昨年よりもだいぶ楽に夕飯作りを終えることができた。(武ちゃんは一人暮らしなので自炊には慣れているそうだ。)

「飯ー!飯ー!」
「うおおお!き、潔子さん…!まさか……っ」
「潔子さんが作った飯…!!」

エプロン姿の潔子さんを見て発狂にも近い声を上げた田中と西谷は無視して、並んだ順番に器を手渡していく。ありがと〜、とお礼の言葉を受け取るたびに嬉しくなってによによしていると、飛雄が私の目の前でぴたりと止まった。

「ん?どうかした?」
「…あの、いつもの」
「………あー!忘れてた!」
「そんなっ!紬さん!」

私たちのやりとりを見ていた数名の部員がキョトンと首を傾ける。カレーなのに、飛雄がいるのに忘れてた!

このかわいい後輩は、カレーに温玉を乗せて食べるのが好きなのだ。北一の合宿の時にそれを強請られて、毎回頑張ったご褒美にとカレーの時は乗せてあげていた。こうやって甘やかしているのを徹くんは気に食わないと言っていたけど、可愛い後輩なんだから温玉くらい乗せてあげたい。と、私と飛雄の恒例行事みたいになっていた。
なのに、なのに…!すっかり忘れていた。

「ごめん…生でもいい?」
「っす」

こくん、と頷いてくれた飛雄の頭を軽く撫でてから、卵の黄身だけ取り分けて乗せてやる。温玉じゃないけど許してねと告げると、それでも目を輝かせてお礼を言ってくれた。いつまでも可愛い後輩だ。

「えー!影山だけ!なんでですかっ」
「日向ウルセェ」
「ずるいっ、特別みたいで!」

…特別。確かに。贔屓みたいに見える?

困ったなと顔を上げると、スプーンを持ったままこちらを見つめている菅原先輩と目が合った。何かあったのかと声を掛けようとするけれど、すでに澤村先輩と東峰先輩と談笑をしているところだった。ちょっと感じた違和感は気のせい、かな。

先ほどまで言い合いをしていた日向と飛雄も、今は席について大人しくご飯を食べている。
私は、特別、という言葉が胸に引っかかっていた。確かに、高校に入ってもこんなことをするのはあまり良くないのかもしれない。気をつけよう、と頬を軽く叩いたところで、「私たちも食べよう」と潔子さんからお声がかかったので、二人分の器にカレーをよそった。

「じゃあ紬ちゃん、あとはよろしくね」
「ハイッ!お任せください!」
「夜ふかししないように。去年みたいに。」
「なっ…だ、だいじょうぶ、です!」

確か去年は、ほぼ強制的にトランプ大会に参加させられたんだった。それで寝不足って、本当に一年のくせに最悪な後輩…。しょんぼりしていると、潔子先輩が笑いながら私の頭を撫でてくれる。顔を上げてくれた時の笑顔にホッとした私は、もう一度大丈夫ですと繰り返した。

「じゃあ、また明日ね」
「お気をつけて!」

悲痛に顔を歪める田中と西谷に並んで手を振る。さて、私もお風呂に入って、今年こそは早く寝て明日に備えるぞ!

そう、思っていたのに。
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