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「潔子さん、お待たせしました!…って、あれ?」
「遠藤ちゃん、一緒に帰んべ」

試合は、ストレートで烏野町内会チームの勝利だった。調子を取り戻した東峰先輩と、やっぱり町内会の皆さんはお強い。日向と影山の攻撃ももちろん決まっていたけれど。
最近はいつも潔子さんとバス停まで帰っているので、今日も同じ場所で待っていてくれているかと思いきや部室前に立っていたのは菅原先輩だった。あまりにも自然に片手を上げるので、素直に頷いてしまう。

「色々ごめんな」

菅原先輩とこうやって並んで歩くのは、どうしても久しぶりに思えてしまう。なんとなくだけど、お互いにあまり会話を交わしていなかった1ヶ月。こうやって並んでみると…うん、寂しかったな。

「私は何も…」
「でも、泣いてたべ?今日」

歩きながら顔を覗き込まれては、曖昧に目を逸らすことしかできない。あの時涙を止める術を持っていなかった私の目は、多分醜く腫れている。誤魔化し切るには相当な理由が必要だ。そして、真剣な目をした菅原先輩をはぐらかすことは難しいとわかっていた。

「嬉しかったんです。」

誰も欠けずに、戻って来てくれて。菅原先輩が、また東峰先輩にトスを上げてくれて。それを東峰先輩が打ち抜いてくれて。みんながまた、笑いながらバレーボールをしてくれて。

「私、嬉しかったんですっ……」

あ、だめだ。一度緩んでしまった私の涙腺はバカになってしまったみたいで、足元のローファーを見つめる視界がまた歪んだ。泣いちゃダメだ。菅原先輩に見せたいのは、こんな顔じゃないのに。

「一人でも、いなくなるのは嫌なんです…っ、菅原先輩が笑ってくれて、楽しそうで、それで、」
「…遠藤ちゃん、」

強く、でも優しく、手首を掴まれた。私の右手は、そのまま菅原先輩の温かい両手に包まれる。
突然のことに、じわりと浮かんでいた涙は即座に引っ込んでいった。代わりに、指先と頬に熱が集中する。

「ありがとう」

力強い瞳に真っ直ぐ見られては、今度こそ目が逸らせなかった。よかった、西谷と東峰先輩が戻ってきて。よかった、菅原先輩がまたこうしてバレーをしてくれて。私は菅原先輩のセットアップが大好きです。菅原先輩が、好きです。

もう一度だけぎゅっと握って離された手は、ゆっくりと下に落ちていく。緊張なのかなんなのか冷えていた指先は、先輩に握られたおかげで熱いほどに血液が巡っていた。

「遠藤ちゃんがマネージャーになってくれて良かった」
「私は何もしてないですよ」
「んなことないって。俺たちのこと、一番信じてくれてる。」

菅原先輩の爽やかな笑みを受けて、私の心臓はうるさく音を立てる。
へへ、とお返しに浮かべた笑みはきっとぎこちなかったことだろう。こんなことなら、部室を出る前にちゃんと前髪を整えておくんだった。

「…かわい」

ふわ、と軽い調子で私の頭を一つ撫でた菅原先輩は、とっても優しい目で私を見る。
息が止まりそうだった。先輩の瞳が綺麗すぎて、緊張して今すぐに逃げ出したいのに目が逸らせなかった。こんな風に撫でられるのは初めてじゃない。いつも先輩は私のことを慰めたり、後輩として可愛いという意味で頭を撫でてくれる。

そう、それはきっと動物愛と同じような意味で。だからこれにも、深い意味はない。分かってる。分かってるけど、どうしても期待してしまうようなその瞳は、なに?

「んじゃ、また明日な」
「は、はいっ…また明日」

何か話さなきゃと思ったら、何も言い出せなくなった。沈黙の中で、ちょうどやって来てくれたバスに今日ばかりは感謝をする。手を上げた菅原先輩に一度だけ頭を下げて、私は最寄行きのバスに乗り込んだ。

適当に空いていた席に腰掛けて、ふぅと一つため息を吐く。とくん、とくんと、いつもよりも早いスピードで心臓が動いているのが分かる。菅原先輩の手が、大きくて温かく感じた。
一人になって少しだけ頭が冷静になると、触れた手から私の気持ちが全部彼に流れ込んでしまっていないか心配になってくる。それほどまでに私の想いはぎりぎりで、溢れそうで。

◇◇◇


「いくぞ!部活!紬!」
「紬、呼ばれてるよ」
「……力も呼ばれてるんだよ」

西谷が部活に復帰して、放課後にわざわざ私たちを呼びに来るようになってから早4日。初めはその大きすぎる声に動揺していたクラスメイトたちも、またあいつらかと横目に見てスルーする技術を身につけ始めた。恥ずかしい。
何はともあれ、烏野バレー部完全復活!きっとこれを人々は平和と呼ぶのだろう。

「感慨深いこと言っても無駄だよ」

まぁまぁ、と正論パンチを決める力の背中を西谷と二人で押しながら、今日も私たちは体育館に向かうのだった。

「楽しみだなぁ、合宿」
「あの音駒だもんな〜…」

そう、何を隠そう明日からのゴールデンウィークは毎年恒例の合宿だ。今年もあのオンボロ合宿所で行われるし、潔子さんは去年同様に泊まらず帰ってしまう。それでもやっぱり二年目ということで去年ほどの不安や心配はない。

それに今年は、最終日にあの音駒高校との練習試合が控えている。私は“ゴミ捨て場の決戦”というものは正直知らなかったけれど、部員もコーチも先生もソワソワと目を輝かせているのを見て、きっと特別な時間になるんじゃないかなと思っている。だからちょっと、ワクワクだ。

「気合い入れるぞ!」
「紬の飯楽しみだな」
「今年も頑張るよ!」

ぐ、とファイティングポーズを見せると、二年が寄ってたかって私の頭をわしゃわしゃと撫でた。髪の毛ぐちゃぐちゃになる!と文句を垂れながらも、皆でケラケラ笑った。うんうん、これだ。

「おー、相変わらず仲良しだな、お前ら」
「菅原先輩っ」

乱れた髪の隙間から、楽しそうに笑う先輩の笑顔。
視線がぱちんと交わると昨日のことを思い出して、私の心はどくんとうるさく跳ねる。あぁ、もう、落ち着け、私の心臓。思わず目を逸らして西谷の背中を叩くと、彼の喉からふぐっ!?と変な声がした。ごめんと思ってる。

どうしよう…、なんか私、おかしいかもしれない。
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