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「……大丈夫かな」
「今日そればっかだなあ」

西谷が部活禁止になったあの日から、今日でちょうど1ヶ月。謹慎が明けて学校ですれ違うこともあったけど、会話らしい会話はゼロ。今日彼は、部活に来るだろうか。結局私は、西谷にも東峰先輩にも声をかけることはしなかった。ちゃんとここで待ってるって決めたから。

「テメェ今なんつったゴラァ!?」

体育館から聞き馴染みのある大きい声がして、田中と顔を見合わせる。少し空いていた体育館の扉を開けると、そこにはやっぱり彼がいた。

「「ノヤっさん!/西谷!」」
「おお、龍!紬も!」

後ろから先輩たちもやってきて、西谷は日向影山と言葉を交わす。西谷は相変わらずうるさくてやっと安堵の息を漏らした。

「……よかった」

烏野の制服の可愛さを後輩に熱弁し、潔子さんに突進してビンタを食う西谷を見て安心するなんてどうかしているかもしれない。それでも少しずつ元あったものが戻ってきた実感があって、どうしても頬は緩む。

ポンと、頭に大きな手が乗った。これはきっと、いつの間にか隣に立っていた菅原先輩の手。その手はすぐに離れて、日向と影山に西谷のことを説明していた。

「それで!旭さんは戻ってますか!?」
「……いや、」
「なっ……あの根性無しっ!!」

ピリ、と肌を刺す空気。

「旭さんが戻んねぇなら、俺も戻んねぇ!」

眉を吊り上げて激昂した西谷は、そのまま体育館から飛び出していった。先ほどまでとは違う、シーンと静まり返った体育館。みんなつま先を見つめて動けなかった。一年二人はどんな状況だと首を傾ける。

「ごめんね、準備しよう」
「はい」

ぽんぽんと二人の背中を撫で、私も体育館から抜け出す。とりあえず制服のままだから着替えないと。
やっと戻ってきたと思ったのに、やっぱりまだダメだった。“待っていること”は本当に正解なのかな。私に、できることはないのかな。


気分が落ちていたのも束の間。着替えて体育館に戻ると、出ていったはずの西谷が戻ってきていた。

「…どういうこと?」
「なんか日向がレシーブ教えてってお願いしたらしい」

確かに練習や試合には混じらず、日向にレシーブを教えている。擬音ばっかりでこっちには全く理解できないけれど…。でもやっぱり、西谷がいると賑やかだ。
ボールを集めながら、私は東峰先輩のことを考えていた。西谷は東峰先輩が戻らないなら部活に戻らないと言った。

でも、東峰先輩はどうしたら戻ってくる?もしもうバレーをやりたいと思っていなかったら?ここでバレーをしたくないと思っていたら?そしたら二度とあのメンバーは戻って来ない。そんなのは絶対、嫌だ。

「紬!」
「…っと、」

ぼーっとしすぎた。名前を呼ばれて顔を上げると、日向が失敗したレシーブのボールが目の前に迫っていた。そのボールは澤村先輩が直前で弾いてくれて、顔面直撃は免れた。

「すみません。ありがとうございます」
「お前ら、ほんと似てるな」
「え?」
「あんま一人で抱えんなよ?」

澤村先輩の視線の先には、パス練習をしている影山と菅原先輩。なんのことかわからず首を傾けると、はぐらかすように笑われた。

◇◇◇


「なーに項垂れてんの、紬」
「沙良……」

なんとなく気分が上がらない。いや、気分が上がらない理由はわかってる。
机の上で突っ伏した私の後頭部を軽く叩いたのは沙良だった。同じクラスゆえ、こうして休み時間の度に窓際である私の席に集合するのは恒例なんだけど。

「なんか不甲斐ないなあって」
「まーた一人でウジウジ悩んでんの?」
「ウジウジって……」

事実だけど…。私はみんなで部活してるみんなが見たい。東峰先輩が戻ってこないと西谷が戻ってこないし、東峰先輩が戻ってこないと澤村先輩が困ったように笑ったまま。菅原先輩が自分を押し殺したまま。このままじゃ、私が好きなバレー部じゃない。

「……はぁ」
「縁下パパ〜!これ、なんとかして!」
「え?」

教室の端から端、沙良の声に反応した彼がこちらに近づいてくる気配がする。なぜ呼んだ。

「ウジウジすんな!」
「痛ぁっ」

べし、といい音がして、頭が揺れる。結構な力で叩かれたよ!私一応女の子だよ!?
見上げると眠そうな顔をした力が居て、その顔でどうしてこの威力で女子のことを叩けるのか不思議だ。

「気合い入れな。紬にしかできないことやんなよ。先輩たちはきっと大丈夫だし、西谷も大丈夫。」

私にしかできないこと。
誰にも肩入れせずに待っていること。しっかり部活ができるように環境を整えること。周りをしっかり見ること。

「……はい。」
「はい、解散〜」
「縁下パパあざす!」
「飯田はいちいち俺のこと呼ばないで」

今日もしっかり部活に行こう。いっぱい働こう。
あんなにいい男なのに、縁下じゃないんだもんなぁと呟いた沙良の言葉は聞こえていないフリをした。

ふと廊下に目をやって見つけた、見慣れた大きい身体。男子にしては長めの髪の毛を後ろで括って、化学の教科書を抱えた人物。どっしり構えて待っていようと決めた矢先のことなのに、身体は勝手に動いていた。

「東峰先輩っ」
「おー、遠藤さん。どうかした…ってここ教室か」
「あの、」
「今日はバレー部のやつによく会うなぁ」

穏やかに笑う顔を久しぶりに見て安心する気持ちと、壁を作って距離を置かれているという現実。

「…あのっ!待ってますから、私!」

スゥ、と吸って吐いた言葉は思っていたより大きかったみたいで、通りすがる生徒たちがチラチラとこちらを見る。東峰先輩はただでさえ威圧感の塊みたいな風貌をしているのに、私がそれに向かって大きな声をあげていたら目立つのは当然だろう。異様な光景が面白くなってしまって少し笑うと、東峰先輩は慌てて辺りを見回した。

伝わったかな、私の気持ち。

「ではっ!化学遅れますよ!」
「あっ、ちょ、えぇっ……」

予鈴が鳴って教室に入ると、力と成田くんがすっごく笑いながらこちらを見ていた。二人どころか、クラスのみんなが私のことを好奇の目で見ていた。……やっちゃったなぁ。
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