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試合は、ラストに日向のブロードが決まって烏野の勝利だった。早すぎて、その場にいた誰もが呆気に取られていたと思う。だけど、もし徹くんが最初から出ていたら?デュースに持ち込まれていたら?
それを考えていない人は、多分こちら側のコートに誰もいなかった。

「ありがとうございましたーッ!!」

どうせならお湯が出る水道でボトルを洗わせてもらいたかったけど、時間の関係でそれは叶わなかった。戻ってからまだ冷たい外の水道水で洗わなければならない。それだけが心残りだ。

「なあ、本当に付き合ってんの?」
「え……?あ!違う!違うからね!?」

並んで歩く列の後ろで、力が私に問いかけた。試合に没頭していて、すっかり頭から抜けていた。やばい、これみんな勘違いしたまんまだ……。全力で否定すると、力は安心したように頷く。

「飛雄がなにを勘違いしてるのかはわかんないけど、徹くんは私の幼馴染だよ」
「……よかった〜〜!」

勢いよく振り返ったのは田中だった。相当徹くんのことが気に入らないみたいで、泣きながら満面の笑みを浮かべている。そこまで…と思ったけれど、隣にいた力も木下くんも、成田くんまでも同調するように頷いたので受け入れることにした。

「おお、さすが主将!」

聞き慣れた声がして集団の前方を見ると、校門の前にばっちりポーズを決めた徹くんが立っていた。なんだかもう、毎度のことタイミングが良すぎる。(今回はわざとかもしれないけど)

「そんな邪険にしないでよ〜」

へらりと笑う彼に対して、部員が総出で威嚇してるのがわかる。ここは私は後ろにこっそりいた方が身のためだ。

「俺はこのクソ可愛い後輩を公式戦で叩き潰したいんだからサ!」
「れっ、レシーブなら練習する!」
「あと、あんま弱いまんまだと、紬返してもらうから」

「「〜〜〜っ!!!」」

言いたいことを言って満足したのか、徹くんはひらりと身を翻す。去り際に余裕そうな笑みを浮かべた彼は、またとんでもない爆弾を落とした。ばっちりと目が合ったのできっと睨むと、んべって舌を出して去っていく。本当に困った幼馴染だ。昨日の夜、はじめくんが、『あいつには気をつけろよ』ってくれたメッセージをもっと真剣に受け止めておくべきだった。

「紬はうちのマネージャーだ!」
「そうだそうだ!!」

抵抗するように大声を上げた田中と日向を見て頭を抱えた私の肩を、力が軽く叩いた。労うならみんなまとめて止めてよ…。

「そんな執着しなくても彼氏なんじゃ」
「だから!彼氏じゃないっ。月島が信じてると思わなかった……」

わちゃわちゃごちゃごちゃ。もう脳がキャパオーバーだ。いまだにギャンギャン吠える田中と日向の背中を押しながらバスに乗り込む。徹くんめ、ほんとうに今度覚えてろよ。


「大変だったね、色々」
「あの、本当に付き合ってないんで…」
「分かってるよ。だって紬ちゃんは、」
「うわあああ!」

いつものように潔子さんの隣に腰掛けると、困ったように眉を下げてこちらを見る彼女と目があった。眉は下がっているものの少し笑っていて、面白がっているなぁと私も眉を顰めた。そしてなんと言っても、潔子さんに私の片思いがバレてしまっている確率が高い。困るわけじゃないけど、なんというか恥ずかしくてむず痒い。こんなところで名前を出されたら絶対に聞こえてしまうので、慌てて潔子さんの口を塞いだ。

バスが走り出してしばらくすると、あんなに騒がしかった車内がシンと静まり返る。慣れない環境とメンタルのせいで思っていたよりも疲れが溜まったのか、私もいつの間にか夢の中に引き摺り込まれた。

◇◇◇


「なあ、スガ」
「んー?」
「…あれさ、付き合ってないって言ってたけど、及川の方は好きだよな」

静かな車内の中、澤村と菅原のコソコソとした会話だけが響く。いびきをかいてぐっすり眠っている単細胞組はもちろん、先ほどまで聞こえていた声がなくなったあたりマネージャーの二人もきっと夢の中だろう。それを汲んで切り出したわけではあるが。

「だろーなー……」
「焦らないとな、スガ。」
「はっ!?」
「声でけぇよ」

菅原の反応を見た澤村はからりと豪快に笑う。直接話を聞いたわけではなかったが、もう三年の付き合いにもなる菅原のことなんて分かってしまうのだ。最も、彼は自分で思っている以上にわかりやすい男だと思う。

「まじか、あの鈍感野郎な大地にバレてんのか……」
「失礼だな、お前」
「だって自分のことになるとからっきしなのに…」

うぐぐ、と悔しそうに頭を抱えた菅原と、何を言っているんだと言う表情を浮かべた澤村。澤村も澤村で、自分に向けられている好意には全くと言っていいほど気づいていないのだから、そう言われるのも仕方がない。菅原自身は、程よく想いを抑えられているつもりでいたのだ。可愛い後輩という立ち位置を崩さないように、【先輩】であろうと取り繕っている。しかし、それに対して限界を感じる場面も少なからずあった。

縁下と付き合ってるんじゃないかと嫉妬したり、同学年同士で仲が良いのを羨ましいと思ったり。目の届く範囲であればなんとなく察知できるけれど、今度の相手は長年の幼馴染ときた。
しかも顔はイケメン、同じポジションで、悔しいが選手としてもトップクラスの相手。自分が知らない遠藤のことを知っていると思うと、胸の中にもやもやと負の感情が湧き上がる。

「あー……やばいね」
「まぁ俺はスガに頑張って欲しいと思うけど、結局は二人次第だからさ」

沈んでいく夕日を見つめながら、菅原は考えていた。遠藤にとって、自分はどんな立ち位置なんだろう。幼馴染にはなれないけれど、仲の良い先輩ではあるのだろうか。それとも、ただの部活の先輩という立ち位置でしかないのだろうか。考えれば考えるほどこの先に迷いが生じて、全てを押し込むように目を閉じた。
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