29

とうとうこの日がやって来てしまった。青葉城西高校との練習試合当日。

「お願いしァーす!!」

道中で体調が悪くなった日向が吐いちゃったりとハプニングだらけだったものの、無事に青城に到着した。ウォームアップのうちに、私は水道をお借りしてドリンク作りに取り掛かる。

「紬」
「はじめくん!今日はよろしくお願いします。水道ってどこですか?」
「おー。国見!金田一!」

はじめくんが手招きしてやって来たのは、英ちゃんと勇太郎だった。やっぱり二人は青城に入ったんだな。会ったのは約一年ぶり。しかも最後に会った時に何故烏野にいるのかという質問をはぐらかしたままだった。なんとなく気まずい状態で貼り付けた笑みを浮かべる。それは二人も同じだったようで、勇太郎がぎこちない笑みを浮かべていた。きっと飛雄のことを気にしているというのもあるだろう。

「水道の場所教えてやってくれ」
「ハイ」

二人に案内されてやってきた水道は室内にあったし、蛇口からお湯が出て感動した。これは終わった後にボトルを洗うのも苦じゃないんだろうな…。羨ましい。

「…影山、烏野なんですね」
「ねー、びっくりしちゃった」
「なんなんすか。あいつ、キャラ変えてて」
「まぁ、楽しみにしててよ」

ちょっと不満げに溢す勇太郎。彼の素直なところは高校に入っても変わらずで、可愛いなぁと思う。

「…影山なんてどうでもいいけど、紬さんがいるとこにあいつがいるのが嫌だ。あいつばっか紬さんと一緒で」
「ふふ、なにそれ」

水道の場所はわかったので練習に戻りなと促すと、帰り様に英ちゃんが呟いた。頭をぐしゃぐしゃに撫でたくなるのを必死に堪える。今のは可愛すぎるのでは…?にやける表情を必死に抑えながら残りのドリンクを作ってしまう。できたボトルをカゴに詰めて運びながら、一つ思い出した。

徹くんがいない…?


体育館に戻ると、烏野劣勢な状態だった。やっぱり日向の調子が戻らないみたいで、あの速攻もまだ出ていない。1セット目はなんと、日向のサーブが飛雄の後頭部に直撃して落とした。まだ威力のないサーブだからよかったけど、ジャンプサーブとかだったらと思うと肝が冷える。本当に日向が下手くそでよかった…。

「失礼なこと考えてるべ」
「い、いえ…威力が弱くてよかったなと……」
「ふは、確かになあ」

飛雄がブチギレている横で、菅原先輩が私に声をかけた。まるで心を読むかのような問いかけにどきりとしつつ、田中のおかげでスイッチが切り替わったチームメンバーを見て安心する。

2セット目は滑り出しが好調で、あの変人速攻が気持ち良く決まる。こちらとしてもいまだにびっくりしてしまうから、初見の相手チームが固まってしまうのも無理はないだろう。そのおかげでレフトからの攻撃も決まりやすくなるし、良い形な気がするな…。
青城の方はやっぱり徹くんが出ていなくて、代わりに二年のセッターが出ていた。何かあったの…?

「…怪我?」
「ん?」

じっと青城コートを見つめるけど、主将不在のチームが崩れていることはなさそう。ということは突然の欠場じゃないんだろうか。はじめくんも特になにも言ってなかったし…。
そんなことを考えているうちに、2セット目は烏野が取り返した。戻ってくるメンバーに慌ててドリンクボトルを渡す。

「青城に影山みたいなサーブ打つ奴、いなくて良かった」
「あぁ、ウチはお世辞にもレシーブ良いとは言えないからな…」
「あの、せんぱ、」
「向こうのセッター、正セッターじゃないです」
「…えっ?」

私に被せて言い切った飛雄が私の方を見たのでこくりと頷く。飛雄を正セッターで出せと言ったのは多分徹くんだ。なのに彼がセッターとして出ていないなんて絶対に可笑しい。


「あららっ!1セット取られちゃったんですか!」

声の主に導かれるようにパッと振り返ると、へらりと口元を緩めた彼がそこにいた。入った時から多いなぁと思っていたギャラリーから黄色い歓声が上がる。中学の時からギャラリーいっぱい集めていたけれど、それの比にならないほど女の子ばっかりだ。
向こうの監督が、足は?と尋ねているのが辛うじて聞こえる。やっぱり怪我してたのか、大丈夫なんだろうか…。

こちらに視線を戻すと、飛雄はなんとなく狼狽えていて、田中が威嚇をしていた。

「あの優男誰ですか。ボクとても不愉快です」
「及川さん…超攻撃的セッターで、チームでもトップクラスだと思います。そして……」

影山の視線が私を向いて、それに伴ってその場にいた全員が不思議そうに私のことを見つめた。え、なに?

「紬さんの彼氏です」

「「はァ!?!?!」」
「えっ、や、ちが」
「ありえねぇ!お前という女があんな男と!?」
「なっ、大王様…」

飛雄なに言ってんの!?
コートの中から悲鳴のような大声が上がったせいで、相手チームのメンバーも監督までもこちらに注目していた。田中なんて私のことを責めるように指差している。

「やっほートビオちゃん!久しぶり〜、おがったねぇ」

あぁ…今は絡まないで欲しかった。本当に徹くんは昔から間が悪いというか、空気が読めないというか…。そういうところがあるけれど、これは流石に過去最悪だ。付き合っているという謎のガセネタで空気が悪いのに、さらに悪化させるように飛雄にちょっかいかけるなんて。

「紬のケア受けれて幸せでしょ?」
「はい、おにぎり美味いっす」
「クッソ餓鬼……」

距離があってなんの話をしているかはわからなかったけど、徹くんの顔つきが確実に変わった。飛雄はいつもみたいに飄々としてるけど、あれでも徹くんに対して多少ビビってるのかな。

「第3セットはじめまーす!」

徹くんはアップに向かい、開始の笛の音が鳴る。ベンチに座りながらゾワゾワとなる嫌な感じを抑えるのに必死だ。なんてこと言ってくれるんだ飛雄…。というか、あの子はなんで私と徹くんが付き合ってると思ってるの?

試合は徹くんが戻ってこないまま烏野優勢で進み、とうとうマッチポイント。黄色い歓声に嫉妬した田中の追い上げは凄まじく、この習性は実際に利用できるのでは?とすら思った。変人速攻もいい感じに決まっていて、このまま勝てる!…ほど、甘くはないようで。

「ピンチサーバー…」
「紬ちゃんの彼氏?」
「……き、潔子さん…」
「ふふ、冗談だよ。勘違いでしょ?」

寿命縮んだ…。悪戯っぽく笑った潔子さんは紬ちゃんは好きな人いるもんね、と意味深な言葉を付け足した。待って、ちょっと待って。ストップをかけたくなったけれど、今は試合中。しかも、ピンチサーバーで投入された徹くんが今からサーブを打つ。慌てて意識をコートの中に引き戻した。話は、後でさせてもらおう…。

ぴっ、と明かに月島を指差した徹くん。まさか。

「宣言通り…っ」

威力の上がったサーブは、真っ直ぐ月島に向かって伸びた。構えたものの強烈に腕に当たったそれをうまく捉えきれずにコート外へ飛んでいってしまう。

「痛っ……!」
「徹くん、また威力上がってる……」

サーブを極めているのは知っていた。中学の時からずっと。だけど、最後に私が見たものとはずいぶん違っている。次も月島を狙ってサービスエースを取った青城は、後一点で同点というところまで追い上げてきた。なんだ、嫌だな。今日は心臓が嫌に鳴る日だ。

烏野に勝ってほしいのに、こうやって威力の上がった徹くんのサーブを間近で見れて嬉しいと思ってしまう。はじめくんの強烈スパイクを見られて嬉しいと思ってしまう。私が近くでずっと見ていたものを、また見られて嬉しいと思ってしまう。ずっとずっとこの試合が続いていればいいのにと、もっと見ていたいと思ってしまった。
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