28

「あれ、キャプテンと菅原さん?」
「あ、縁下!遠藤ちゃん呼んで〜」

すっかり身体が馴染んできた教室で、いつものように沙良やみっちゃんを含めた数人で集まっておしゃべりをしていた時、聞き馴染みのある声がした気がして後ろのドアに視線を巡らす。そこでは、思った通り菅原先輩と澤村先輩が力に声をかけていて、私を呼んでいるのか手招きをされた。
沙良からの視線がじわじわと刺さる。そんなに見たら誰かにバレるでしょうが、と心の中で溜息をつきながらその視線は見て見ぬふりをして立ち上がった。

「どうかしましたか?」
「清水から伝言。今日部活遅れるから最初の準備任せるけどよろしくって。あと、武田先生からこのプリント配って欲しいって頼まれて……」

潔子さんからの伝言だったようで何度か頷きながら話を聞く。澤村先輩から紡がれる言葉を頭に入れつつ、どうしても私の意識は隣で力と談笑している菅原先輩に行ってしまうのだ。

「わざわざ来てもらっちゃってすみません。潔子さんにもよろしくお伝えください!」
「いや、移動教室の途中だったし」
「あぁ、次、化学なんですね。」

実験室は二年の教室を通った突き当たりにある。三年の教室からはここを必ず通らないといけないから納得した。水曜日のこの時間は、もしかしたら先輩に会えるかもしれないのか…。

「んじゃ、また部活でなー!」
「一年のプリントの件もよろしくな」
「…へっ、はい!」

澤村先輩は私の手の上にプリントの束を乗せ、菅原先輩はにっこり笑いながらぽん、と持っていた化学の教科書で私の頭に触れた。な、なんか最近ますます距離が近いような気が…。それが嬉しいような期待させないで!と思うような複雑な気持ち。頬に熱が集中したのがわかり、二人の背中を見送りながらプリントで自分自身に風を送った。

席に戻ると、ニヤニヤと顔を緩ませている沙良と、探偵のようにメガネを上げるポーズをして見せたみっちゃんが私を見上げる。

「ほほーう、紬。詳しく聞かせてもらおうか?」
「ちょ、沙良!?」
「いやあ、そろそろ隠しておくのも限界だって。自分の顔見てみなよ」

自分の顔が赤くなっていることなんて、自分が一番分かっている。二人から必死に視線を外しながらもらったプリントに視線を落とすけど、みっちゃんが馬鹿みたいに大きい声で質問攻めしてくるので気が気じゃない。

「ねぇいつから?教えてよぉ、ちょっと!」
「…もうっ、静かにして!」
「照れちゃってぇ。可愛いんだからっ」

うりゃうりゃ髪の毛を乱されたところで始業のチャイムがなり、その場はなんとか逃げ切った。チャイムが鳴った瞬間、こちらを見ていたであろう成田くんと目が合った気がしたけど、そこそこに距離があったから気のせいかもしれない。同じクラスでこんなことをしていたら、二人にバレてしまうのも時間の問題なのではないだろうか…。それはそれで、困るよなあ…。

「ねぇ縁下、女子って楽しそうだよな」
「まあ、あいつらはちょっと煩いの部類だよね」
「……てか、遠藤さんって好きな人いんの?」
「え、成田、マジで気づいてないの?」

そんな会話が繰り広げられているとは、この時の紬はまだ知る由もない。
というか、沙良も沙良だ。私のことばっかり言って、自分は澤村先輩が気になっているという事実を有耶無耶にしたままだ。これは、今日のお昼休みで絶対に仕返しをしようと心に誓う私なのだった。


「縁下と成田くん、これ先輩からプリント〜」
「おう、サンキュ」

昼休みに入り、先ほど澤村先輩から受け取ったプリントをとりあえず同じクラスの二人に配る。

「紬ってさあ」
「ん。なに?」

後輩のところにもプリントを配りに行ってくると背を向けようとした遠藤を引き留めたのは縁下だった。一度巻き込まれ掛けた彼の気持ちとしては、そろそろはっきりさせておきたいところだろう。だけど非常に聞きにくい。同じ部活の部員、相手は先輩。

「…いや、なんでもない」
「? そっか。」

こんなところで問いかけるのは不躾かと縁下は思い悩む。よって、彼の苦悩はもうしばらく続くことになりそうだ。

「てか沙良はさあ、澤村先輩のことどう思ってんの」
「え」

一年の教室を回ってプリントを配り終わり、教室へと戻る。先ほどの話がしたいとニヤニヤする二人を遮るように、遠藤は会話をかぶせた。自分から話題をそらしたかったのが七割、本当に話が聞きたかったのが二割。ちょっと匂わせられただけでその先の話は何も聞いていなかったからだ。

「去年そんな感じの話してたじゃん」
「…してたっけ?」
「惚けても無駄なんだけど!」
「ちょっと、二人とも先輩ラブなわけ?」
「「声でかい!」」

あ、やばい、このままじゃまた流される。そう思ったけど目の前でおにぎりを頬張る沙良の頬は少しだけ赤く染まっていた。

「…あの時は気になってた、だけど、好き、だと思う」
「え!?」
「聞いといて何その反応」

だってまさかじゃないか。完全にはぐらかされて、ちゃんと答えてよ!って返す準備をしていた。

「でもきっと道宮先輩といい感じだろうし、私は片想いでいいかな」

ちょっと切なげに頬を緩ませた彼女は、言動と行動が全く合っていないなと思った。だってそんな顔はしていなかったし、動揺したように指先を弄んでいた。片想いでいいなんて、そんなことがあるわけないじゃないか。
大丈夫だよとかそんなこと言わないでとか、薄っぺらい言葉しか思い浮かばない私を抑えて言葉を発したのは同じく購買のパンを頬張っていたみっちゃんだった。

「叶わなくてもいい恋なんてないよね」
「…そう!そうだよ、沙良!」

私だってこの片想いが叶うなんて思っていない。先輩と後輩のままでいられたら幸せだよなって思うこともある。でも、それでも、もっと知りたいとワガママになってしまう。それが恋というものでしょう?

「一緒に頑張ろうよ。私、やれることなら協力するし」
「…紬」

こうして、私たちのもう一つの“青春”は改めてスタートした。
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