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「目、閉じてたって…アレ?」
「うん、トス見てなかった。だから、飛雄が日向くんの最高打点にボール持ってったってこと……なんだけど」

そんなことができるの?
分かった!みたいな感じで頷いていた飛雄だったけど、それができるのであればとうとう彼は本物の天才だ。驚いて目をパチクリさせているうちに、日向・影山チームは得点を重ねていく。さっきの速攻はやはりまぐれではなかったようで、その後何本か同じように決めていた。やっぱり日向くんは、毎回目を瞑っていた。

「…楽しそうだな」
「そうですね、」

ぽつりと呟いた菅原先輩は、どんな表情をしていたんだろうか。その表情を目の当たりにするのが怖くて、私は隣を向くことができなかった。それなのに隣を気にするように神経を使ってしまい、先輩の息遣いが聞こえてくる。
3対3の試合は、躍進を遂げた日向・影山ペアの勝利で幕を閉じた。

「遠藤!清水!あれ届いてたよな!」
「あ、ハイ!潔子さん、私が取ってきます!」

澤村先輩がやっと二人の入部届を受理したので、私は湧き上がってくる嬉しさを胸に部室へ駆け出した。二人とも早朝からめげずに頑張ってきた成果が出て本当によかった。ぴっしりガムテープで梱包してある段ボールを持ち上げると、なんだかここに運び入れた時よりも軽く感じて小走りで体育館に戻った。

「お待たせしました〜!」
「お、ありがとな」

箱を下ろして中身を取り出すと、パァ!と目を輝かせる日向くん。わんこみたいで可愛い…という言葉をなんとか押し殺しながら彼のものを手渡すと、ありがとうございます!と頭を下げた。尻尾が見えて思わず頭を撫でる。

「は、ひゃっ!?」
「こらこら、遠藤ちゃん。あんまり日向いじめんなよー」

ぼふん、と真っ赤になってしまった日向くんに焦っていると、菅原先輩が後ろから私の腕を掴んでそこから離させた。動揺させてしまって少しだけ申し訳ないと思いつつ、順番に一年生にジャージを渡していく。飛雄は相変わらず表情に出ないし、月島もどうやらそのタイプらしかった。月島と仲良しの山口はニコニコで受け取ってくれて可愛らしい。
私も先輩になったんだなぁと感慨深くなったし、部員に混じって「ようこそ、烏野高校排球部へ!」と憧れの掛け声をすることができて大満足だった。


「組めたよ〜!練習試合!」
「武ちゃん?」

息を切らしながら体育館の扉を開けたのは、男子バレー部の顧問である武田一鉄だった。昨年まで顧問をしていた役立たず…ではなく杉並先生に代わり、新しく彼が顧問になったのは最近のことだった。ちなみに私たち二年四組の現文の担当はこの武田先生なので、愛称である武ちゃんと呼んでいる。

というか、練習試合?すごい!

「相手は県のベスト4!青葉城西高校!」
「ベスト4と練習試合!?」

……青葉城西。
いつかこの時が来るとは思っていたけれど、あまりにも急で心の準備ができていない。どくん、と心臓が嫌に跳ねた。

「ただ、条件があってね。影山くんをセッターとしてフルで出すこと。」

嫌な予感は当たったようで、本格的に心臓がどくどくと音を立て始める。
そんな無茶な依頼をするのは監督か、もしくは…。

「いいじゃないか。こんなチャンスそう無いだろ」
「いいんすかスガさん!」

飛雄をフルで出すということは、菅原先輩が試合に出られないということだ。遠くからその光景を見つめていた私の喉は、とてつもなく速いスピードで乾いていく。だけど、菅原先輩の背中はシャンとまっすぐ伸びていた。

「俺は…俺は、日向と影山のあの攻撃が、どのくらい通用するのか見てみたい」

武ちゃんが練習試合の詳細を説明する間、私は菅原先輩の気持ちをどうしても考えてしまった。天才と呼ばれるセッターが入部して、あっという間に練習試合に駆り出される。自分は自動的にレギュラーから外されてしまう。私はバレーボールをほぼやったことはないし、運動部に入って本気で部活動をしたこともない。晩年マネージャーだ。
だけどそれは、どうしようもなくやるせ無い気持ちになってしまうことなんじゃないかということだけは分かってしまう。理解できてしまうほどの時間、傍で選手を見てきたんだから。

「…紬ちゃん?」
「へっ」
「すごい顔」

私の顔を覗き込んだのは潔子さんで、ツンツン、とその細い指先で私の眉間に触れた。
ジャー、と流しっぱなしになっていた水道水が排水溝に吸い込まれていく。あ、水が勿体無い。

「また一人で考え事してるでしょ」
「え、いや…あー、えっと……」
「自分から話し出したら、聞いてあげてね」

中身が空っぽになったジャグを洗いながら、潔子さんはふんわりと笑った。きっと彼女には全てお見通しなんだろう。私が考えていることも、菅原先輩がどんな気持ちでいるのかも。

「きっと菅原は、良いタイミングで紬ちゃんに話すると思うから」

いつもそうだ。二年が部活に来なかった時も、西谷の時も、今も。潔子さんはいつも心に余裕があって、視野が広くて、待つべきところで待っている。そんな彼女の隣に立っていると、いつも慌てふためいている自分の惨めさが浮き彫りになっていくのだ。
そりゃあもう3年目になるのだから当たり前だけど、菅原先輩のことをよく分かっている潔子さんのことがとても羨ましいと思ってしまう。

「そしたら、聞いてあげて」

潔子さんの言葉に、私は頷くことしかできなかった。

青城との練習試合は来週の火曜日。やってくる未来から逃げられはしないけれど、そこから逃げてしまいたくなるのは、私の中に危惧することがいくつかあるからだろう。私はただ、無事に終わりますようにと願うばかりだ。
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