26

時は流れ、日向くんと飛雄の入部を掛けた試合が行われる土曜日がやってきた。あれから欠かさず早朝練を続け、飛雄がやっと日向くんにトスを上げたりとお互いに成長が見られた。聞いたところによると、日向くんは昼休みまでレシーブの練習をしていたらしい。今日はこれに田中が入って試合を行うので、きっと良いように傾くのではないかと私の中で期待が高まっているところ。

「おはようございます、潔子さん!」
「おはよう。眠そうだね?」
「い、イエ!そんなことは!」

この一週間、早朝練に合わせて私もおにぎりを作って届けていた。少しばかり寝不足だった私が欠伸を噛み殺しているところを潔子さんに目撃されてしまい、ぎくりと肩を揺らす。
ここでバレてはならないと笑って誤魔化すと、潔子さんは不思議そうに首を傾けていた。ごめんなさい潔子さん。いくら潔子さんであってもこの秘密は打ち明けることが出来なさそうです。

「遠藤先輩、手伝います!」
「あ、山口月島おはよう」

今日は長丁場になりそうだと考えながら外でドリンクを作っていると、背後から明るく声を掛けられる。振り返るとそこにいたのはあと二人の新入生である月島と山口で、表情を緩めながら挨拶をした。

「大丈夫だよ、二人は試合なんだからアップ入念にしてて!」
「でも一人で大変じゃないですか?」
「大丈夫大丈夫。ほら行った行った〜!」

優しい山口は手伝うと申し出てくれたけど丁寧にお断りする。一年生とはいえ試合前の選手に、まだ冷たい水を触らせるわけにはいかないからね。

体育館の中に視線を移すと、また日向くんと飛雄は少し言い合いをして澤村先輩に怒られていた。もはやそれが平常運転みたいなものだから、いつも通りということでオッケーだろう。人数分のドリンクと予備のジャグを中に運び終わった頃、丁度ゲームが開始された。

潔子さんは主審をするので、私と木下で得点板を挟んで立つ。私の隣にはいつの間にか菅原先輩が立っていて、周りを取り囲むように縁下と成田が見学をしていた。

「小さいのと田中さん、どっちを先に潰…抑えましょうかぁ?」

ギョッとして振り返ると発した主は月島で、相当いい性格をしていることが伺えた。その一言により火がついてしまった田中。田中煽ったの間違いだったんじゃ?と思いながら、隣で同じように困ったもんだなと眉を下げた菅原先輩と目を見合わせた。

その予想はあたり、一発目から強烈なアタックを決めた田中は上着を脱いで振り回す。そこから順調に点を稼ぐかと思いきや、高く飛んだ日向くんに立ち塞がるように月島がドシャットを決めた。

「またブロック…」
「これで何本目だ?」

田中のスパイクは決定率が高いけれど、日向くんの攻撃は悉く月島に止められてしまう。飛雄のジャンプサーブも澤村先輩に簡単にレシーブされてしまった。やはり一朝一夕には行かないようで、少しだけ不安が募る。


「君、こいつがなんで王様って呼ばれてるか知らないの?」

飛雄と月島は馬が合わないんだろうなと思っていたけど、そういうことか。何かを企んだようなその一言により体育館はピリッとした空気に包まれる。あぁ、月島は飛雄が中学の時にどんなプレーヤーだったのか知っているんだろうな。

「噂じゃ“コート上の王様”って異名、北川第一の連中が付けたらしいじゃん」

そんなこと、知らなかった。隣にいた力がチラリとこちらを見たのに気づいたけれど、真っ直ぐ前を見る。

「意味は……自己中の王様。横暴な独裁者」
「…」
「横暴が行き過ぎてあの決勝、ベンチに下げられてたもんね」

あの決勝というのは、きっと私が見た試合の後にあった決勝戦のことだ。目に見えていた歪みは広がって、蝕んで、その結果がそれだ。決勝で負けたことは知っていたけど、あの飛雄がベンチに下げられたという事実を知らなかった私は、頭を殴られたような感覚に陥る。
私はその歪みに気づいていた。やっぱりあの時、声をかけられていれば、もしかしたら飛雄はここにいなかったかもしれない。グッと握り締められた拳が痛々しかった。

「あぁそうだ。トスを上げた先に誰もいないっつうのは、心底怖ぇよ」
「えっ。でもそれ、中学のハナシでしょ?俺にはちゃんとトス上がるから別に関係ない」

あっけらかんとした日向の声は、静かな体育館にやけに響いたような気がした。だけど私の心にはふ、っと入り込んできて、なんだか感極まってしまった。日向くんは飛雄への文句を続けながらも真っ直ぐに向き合う。きっと彼は、これから先も飛雄の心にも真っ直ぐに入り込んでいけるんだろう。

チャンスボールを田中が飛雄に返す。この会話の後で、飛雄はどっちにトスをあげる?

「影山!!居るぞ!!」
「えっ……」

トッ、と上げたボールは、日向くんをめがけて一直線に伸びた。今、飛雄は田中に上げるのかと思った。日向くんの声を聞いて、咄嗟に反応して合わせた…?
クイックなんて練習したこともないはず。なのに二人はそれをやってのけようとしたってこと?

「…なんか、頼もしいね」
「そうだな」

コートにいたいという日向くんに対し、身長はどう足掻いたって変わらないと月島は言い放った。基本的に日向くんには突っかかっていく飛雄だけど、日向くんを擁護するような台詞を吐く。きっと二人の原動力は同じなんだろうな。バレーがしたい、1秒でも長くコートに立ちたい、勝ちたい。それが交われば、きっと。

さっきと同じように速攻をやろうとしている二人だけど、タイミングが合わずになかなか決められない。チッ、と飛雄の表情が歪んだところを、菅原先輩が呼び止めた。

「影山、それじゃあ中学の時と同じだよ」
「菅原先輩…?」
「ずば抜けたセンスにボールコントロール!敵ブロックの動くを冷静に見極める目と判断力。……俺には、全部無いものだ」

一歩前に出て諭すように告げた菅原先輩の表情は、明るいけれどそうじゃない。少し陰りのあるその笑顔に胸が詰まった。けれど彼の言葉に何かを思いついたらしい飛雄は、公式試合のような集中力を発揮する。何をするんだ、とその場にいた全員が固唾を飲んで見つめていたと思う。

ドパッ

「!」

先ほどと同じように見えた速攻。飛雄のトスの精度は素人目でもわかるくらいに上がっていた。
だけどそれだけじゃなくて、日向くん、今…。

「目、閉じてた……」
「はぁ!?」
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