25

流石に5時ぴったりに行くのは無理。

そう判断した私は目覚ましを止めて準備を終えると、炊き立てのご飯にしゃもじを通した。
母にお願いして炊飯器を貸して貰った理由は、やっぱり彼らだった。聞いてしまった以上、放っておくこともできないのでマネージャーとしてできることを考えた結果、食べ物を持っていくことに行き着いた。
おにぎりを握って、家族用の新しいお米をセットし、炊飯ボタンを押してから家を出た。

まだ人が少ないバスと電車を乗り継いでやってきた烏野は、人がいないだけでまるでいつもと同じ学校だとは思えない。澄んだ空気が美味しくて、なんだか得した気分になってきた。

私が着替える意味もないだろうと制服のまま体育館に直行すると、案の定バレーボールが床に跳ねる音が聞こえる。

「おはよ〜」
「ぬぁ!?遠藤なんで来た!」
「失礼だなぁ、バラしておいて」
「遠藤ちゃん、おはよ〜」

飛雄日向くん田中の三人だけしかいないと思っていたが、そこには菅原先輩の姿もあった。びっくりして反応が遅れてしまうと、秘密の共有は人数が多い方がいいべ?と笑う。
そうだった。田中が菅原先輩に隠し切れるはずがないよなと、妙に納得しながら体育館に入った。

「っな…!紬さん!?」
「やっほー、飛雄ちゃん。やっと気づいたんだね?仮にも先輩なのに」
「遠藤、やっぱ気づかれてないの根に持ってんじゃねぇか」

やっと私の存在に気づいた飛雄は、口をぱくぱくさせたまま私に指を向ける。こら、人に指を指しちゃいけませんって習わなかったの?

「なんで青城じゃなくて烏野にいるんすか」
「…え、いきなりそれ?まぁまぁ、それにしてもおがったねぇ」
「及川さんみたいなこと言うの辞めてください」

近づいて手を伸ばすと、大人しく屈んでくれたのでそのままサラサラの髪の毛を撫でる。中学の時から飛雄はこうやって頭を撫でさせてくれるのだ。

「な、なんだありゃ……」
「じょ、せんぱ、ま、…!?」

その光景を見て呆然とする田中と、顔を赤くして口をぱくぱくさせながらこちらを指差す人影がもう一つ。導かれるように彼の目の前に立ってみるとやっぱり身長はほぼ同じくらいで、目線を合わせて頭を下げた。ぼん!と爆発してしまいそうなほど頬を赤らめた日向くんは視線をうろうろ彷徨わせた。

「初めまして。マネージャーの遠藤 紬です。」
「は、はひ!はじめましてっ」
「飛雄…影山とは中学が同じで、その時もマネージャーしてたから知り合いなだけだよ」
「あ、そうなんだ…ですね……へぇ、」

「自己紹介済んだかー?練習再開するべ」

朝練の準備をしながら、四人の動きにも目を配る。飛雄は田中とトス練、日向くんは菅原先輩とサーブ練をしていた。どうやら日向くんは基本があまり上手ではないみたいで、菅原先輩が手取り足取り教えている。


もうすぐ他の部員たちがやってくる頃だ。日向くんと飛雄は撤収しないといけない。
あれを渡さなければと、痕跡を消すためにバタバタ動き回る二人を手招きした。

「これ、朝早くてお腹空くでしょ?教室で食べてね」
「「!…あざぁス!!」」

作ってきたおにぎりを2個ずつ渡してあげると、目をキラキラ輝かせながらお辞儀をしてくれた。こういう時は息ぴったりなんだから、プレイ中もこの調子でやれればいいのに…と思うけれど、そう上手くいくものでもないんだろう。

「お、いいな。遠藤の飯旨いからなぁ」
「確かに旨かった記憶あります」
「なんで…ってそうか、中学の時から食ってんのか」
「ハイ、偶に夜練のためにおにぎり作ってもらってたっす」

中学時代の会話をする田中と飛雄を微笑ましく眺めていると、背後から菅原先輩がひょっこり覗いてきた。

「俺のもある?」
「実は、先輩いると思ってなかったのであと2個しかなくて…。田中と1個ずつでもいいですか?」
「うん。言ったら田中にやんや言われそうだからこっそり1個もらっていー?」

へら、と悪戯を仕掛ける子供のように笑う先輩にぎゅんっと心臓を掴まれた。
はい!と大きい声が出てしまったのを誤魔化すように笑いながら、菅原先輩の手のひらに一つおにぎりを乗せた。

「っしゃ、これで普通の朝練も頑張れるわ」

ガッツポーズをして見せた彼に頷くと、また笑顔を返してくれた。

だけどやっぱり、紬にはその菅原のその笑顔が無理をしているように見えてしまう。ここ最近、正確に言えば東峰と西谷が部活に来なくなってから、菅原は時折寂しそうな顔をするようになった。普段は努めて明るく部のムードメーカーを務めているけど、ふとした瞬間にその表情に翳りが見える。

それは多分主将である澤村はとっくに気づいていて、紬自身はよく彼を見ているから気づいたものだった。


「やっぱ責任感じてるのかな……」
「? 何言ってんだ」

朝練を終えて、欠伸を噛み殺しながら歩いていた田中は不思議そうにこちらを見る。田中にはそんな些細な変化はわからないんだろうな…と眉を下げると、後ろから縁下の声がした。

「菅原さん?」
「やっぱ力はわかるんだ」
「ん、俺が菅原さんの立場だったとしても、責任感じるだろうなーと思うから。でもまあ、それに気づいたからといって俺らにどうこうできるような簡単な問題じゃないけど」

確かにそうだ。彼からの正論パンチに何かできることないかなと思っていた私は言葉に詰まる。

「ま、紬の特技、使うしかないでしょ」
「……特技?」
「信じるってやつ」

口角を上げた縁下は、もう一度念を押すようにそうでしょ?と首を傾けた。それに対して私も大きく頷く。彼からの一声はだいぶ説得力があって、私の決意を確かなものにするには充分だった。
私はただのマネージャーだけど、彼らのチームメイトだ。彼らが前に進めると信じて、どっしり構えるしかないのだ。ぐっと拳を握り締め、早くも放課後の練習に向けて気合を入れ直した。
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