24

「はぁ、久々に肝冷えた…」
「うん、なんかこの体育館寒いよ。」
「何言ってんの二人して。もうれっきとした春なんだけど」

先ほど目の当たりにした光景を思い出して身震いする私たちと、そんな光景を見て呆れ顔の力。
それにしても、初めて澤村先輩の本気を見た。すべては、話を聞かず教頭にあんなことをしたにも関わらず、危機感のないあの二人のせいだ。

先輩はあの馬鹿二人を体育館から追い出した。それはもう、思い出したくもないような恐ろしい剣幕で。それには菅原先輩ですら我関せずっていう顔をしていて、こうなってしまえばもう誰も止められないんだということを悟った。
ピシャリと体育館の扉を閉めて振り返った先輩はニコニコしていて逆に恐ろしかった。…澤村先輩だけは、絶対に怒らせちゃいけない。

「さ、練習始めんぞー!」
「「ウス!!」」

委員会を終えた二年も集まってきて、いつもと違う空気に首を傾ける。理由の分かっていない力がこっそり何があったか聞いてきたので理由を説明したら、経験したわけでもないのにぞくりと身震いしていた。

ていうか…飛雄はなんで烏野にいるんだろう。
てっきり白鳥沢か青城にいくものだと思っていたのに。


「俺はっ、セッターです!」

練習後にそんな大きな声が響いてぎょっとする。今日は心臓がヒュッてなるような出来事ばっかりだな。
体育館の中で練習の片付けをしていて何も状況を知らない私は、潔子さんの元へ駆け寄った。

「何があったんですか?」
「あの一年生、勝負しろって」
「…え?」

先輩と勝負をして勝ったら入部を認めてほしい、絶対に協力できると証明してみせるから…なんて。日向くん(田中に名前を聞いた)のことはあまりよく知らないけど、飛雄の考えそうなことだ。それならばと受け入れ、日向くんと飛雄が負けた暁には、セッターはやらせない…と。それならば激昂してあんな声が出るだろうと納得する。

「なんかさぁ、あいつらにきついんじゃね?」
「確かにいつもより厳しいですね、大地さん」

菅原先輩と田中が口々に言う。確かになと私も思ったけれど、外からまだ飛雄の叫びに近い声が聞こえて溜息をつきたくなった。仮にも後輩だ、しかも直属の。なんでこんなに問題を起こしてしまうんだろう…。

「遠藤、どうした。すげぇ顔してるけど」
「……いや、なんか飛雄が迷惑掛けるたびに申し訳ない気持ちになってくる」
「お前のせいじゃない…つっても後輩だしな。責任感じちまう気持ちもわかる気がするわ。」

そんなに横暴な感じじゃなかったはずなのにな。私から見た飛雄はバレー馬鹿だけど、先輩の言うことに反抗するような子ではなかったはずだ。日向くんが絡むとああなってしまうのだろうか。
でも、澤村先輩はその二人のコンビネーションに期待をしているようだった。確かに一理ある、と思う。

飛雄は技術的には本当に凄い選手だけど、口下手で自分の信じる道に真っしぐらなところがある。正直仲間との信頼関係を築くのが下手くそだ。それ故の結果が、中学のあの試合だったんだろう。
それが日向くんのお陰で変わるとすれば、今の烏野にとって大きな戦力になる。

「遠藤、明日から早朝練するけどお前どうする。」
「んー…朝、何時起きになるんだろ」
「あぁそうか、お前の家遠いんだったな。家出る時暗いのは危ねぇからやめとけ。忘れてくれ!」

なんだよ田中、男前じゃんと笑いながら坂ノ下商店の前を通過する。それでもやっぱり、私にできることがあるのならばしてやりたいな。

「てか私、飛雄に存在気づかれてないんだけど」
「ブハッ!確かに!見えてないんじゃねぇの」
「一応ちゃんと絡みあったのに。まぁいいけどさ……」

ぷすぷすと小馬鹿にしたように笑う田中の頭を一突きすると、少しだけ心が静まった。


『ねぇ、トビオそっちに行ったって本当?』
『うん。入部早々問題起こして大変だけど…』
『何それ、紬に迷惑かけてるわけ!?ありえない!』
『多分まだ私の存在に気づいてない気がする』
『はぁ!?尚更ありえないんだけど!』
『及川、ウルセェ』
『え、岩ちゃんひどいよ!しかも声なんて聞こえないでしょうが!』

帰宅中からぴこぴことなっていたスマホに目をやると、それは幼馴染二人とのトークルームだった。返信するとすぐに既読がついて返事が返ってくる。リズミカルなやりとりは、はじめくんの一言により呆気なく終わりを告げた。

やっぱり飛雄がどこに行くか徹くんが気にするのは当たり前か。
思い出したのは、私が中学二年、徹くんとはじめくんが三年の時のことだった。多分あの時の徹くんは全てのものに対して焦りと不安を感じていて、それが爆発してしまったんだと思う。

練習が終わったのに、部室に戻ってこない徹くんとはじめくんを気にして体育館に行くと、そこはまるでお通夜みたいな空気を放っていた。真っ直ぐに嫌悪感を露わにする徹くんと、ただ立ち尽くす飛雄。二人の間に入っているはじめくんの額はよく見ると赤くなっていて、私に気づくと申し訳なさそうに眉を下げた。

「悪い、先帰っててくれるか。」

口を開いたのははじめくんで、私は頷くしかなくて、その日は珍しく一人で帰路に着いた。
後から聞いたのは、徹くんが飛雄に手を上げそうになったところをはじめくんが止めたということだけだった。どうしてそうなってしまったのかは分からないままだ。徹くんは教えてくれないだろうとはじめくんに聞いたけれど「教えたら殴られそうだから辞めておく。悪いな」と断られてしまった。
だけど多分、飛雄が徹くんに声をかけて、その声掛けの内容が彼の逆鱗に触れたというところではないかと私は思っている。

その頃の徹くんは飛雄をやけに敵対視していた。今考えてみれば、突如現れた天才児に焦りを感じていたんだと思う。私は選手じゃないからその焦りとか不安はわからないし、特別言葉を掛けてあげることはできなかったけど、いつの間にか徹くんはそれをも乗り越えていた。

だからこそ、もう飛雄に執着なんてしていないと思っていたのだけど。

『紬、トビオちゃんになんかされたらすぐ言うんだよ』

個別トークでわざわざ送られてきたそのメッセージには、既読だけつけて返信をすることができなかった。
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