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試合が終わって体育館に戻り、ミーティングをした。反省点、改善点をいつもみたいにホワイトボードへ書き出すけど、いつものような賑やかさはない。
そんな空気を察した田中が盛り上げるように笑いを誘うけど、やっぱりどうしても皆無理をして笑っている気がして冷たい空気を肌に感じた。そんな中、東峰先輩と西谷は感情を隠すそぶりが無く暗い表情をしている。

東峰先輩は、最後トスを呼ばなかった。
私はそれが信じられなくて声を出してしまったけれど、よく考えたら最後の最後まで耐え抜いた先輩は本当にすごいなと思い直した。あんな威圧的なブロックに毎度見下ろされ心を折られかけて、それでもなお立ち向かっていた。ぎりぎりの精神状態で、チームのために。今にも切れてしまいそうな細い糸で耐えた結果、最後の1本で途切れてしまったのも無理はないと思ってしまう。


カターーンッ

「……なに?」
「なんでしょう?倉庫からですね、もしかして怪我とか…」

ミーティングを終えた部員が掃除を開始し、マネはそれぞれ荷解きと整理を始めた頃。体育倉庫から音がしたので潔子さんと二人で駆けつけると、そこは明らかに只事ではない空気を放っていた。

「ッ、なんで責めない!?俺のせいで負けたんだろうが!俺がいくら拾ったって、スパイクが決まんなきゃ意味ないだろっ…」
「旭っ!」

語気を荒げて捲し上げる東峰先輩と、それを止めようとする澤村先輩。きつい言葉を発した東峰先輩の表情は、酷く歪んでいた。普段温厚な先輩の怒りに身を任せた言葉は、私の心臓までひゅっと縮こまる。

でもきっと、これは本心じゃない。周りから見ればすぐにわかるようなことも、余裕のない西谷には伝わっていないようだった。

「意味ないってなんですか……?じゃあなんで最後トス呼ばなかったんですか。打てる体制でしたよね」
「っ…」
「おい辞めろよ西谷!俺が旭にばっかボール集めてたから疲れて…」

止めなきゃ、このままじゃ、

「俺に上げたって、どうせ決めらんねぇよ」
「やめ、」

ガッと顔を上げた西谷が東峰先輩に掴みかかる。弱々しく漏れた私の否定の声は、瞬く間にかき消された。背中に嫌な汗が伝うのがわかる。どうしよう、このままじゃ喧嘩になっちゃう。

「打ってみなきゃわかんねぇだろうが!次は決まるかもしれないじゃないか!」

辞めて西谷、東峰先輩、それ以上言ったらだめ…。頭の中では言葉が巡るのに、声にならない。二人の間に割って入ろうにも脚がすくんで体が動かない。視界の端で、菅原先輩が二人を止めようと身を乗り出すのがわかった。
しかし、西谷が掃除用の箒を踏んで真っ二つに折ったことによってその静止はかなわぬものとなる。

「俺が繋いだボールを、あんたが勝手に諦めんなよ!」
「ノヤ!」
「俺に点は稼げない……俺は攻撃ができない。でも、どんなにスパイクが決まらなくたって、責めるつもりなんか微塵もねぇ。だけど、勝手に諦めるのは許さねぇよ」

今にも東峰先輩を殴ってしまいそうな西谷を止めたのは田中だった。西谷の真っ直ぐな言葉は、スッと入り込んできてどうしようもなくやるせない気持ちが胸を支配する。
当事者でも、選手でもない私は、どちらの気持ちも痛いほどわかって苦しくなる。

東峰先輩は、結局何も言い返さずに出て行ってしまった。辛いも、苦しいも、悔しいも、ごめんも、ありがとうも、何も言わなかった。

「旭っ!」

その場にいた菅原先輩、東峰先輩、田中は旭さんを追いかけて行った。潔子さんも多分そっちに行ったか、顧問の先生でも呼びに行ったのだろう。
この場に残されたのは、西谷と私だけ。

「……西谷」
「おう、紬か」

彼は、初めて見る表情を浮かべてしゃがみ込んだ。私の中の西谷はいつもまっすぐで太陽みたいで、ちょっと強引だけど間違っていることは言わなくて、熱くて、バレー馬鹿で、格好良い。
同じように彼の目の前にしゃがむと、揺らいだ瞳と目が合った。

「西谷はいつも間違ってないよ。今回も勿論、間違ってない。だけど今のは、…ちょっと言いすぎたよね。」
「っでも……!」
「悔しいのは、東峰先輩も同じだと思うよ」

グッと唇を噛み締めた西谷は、抱えた膝に額を押し付けた。悔しいのは、皆一緒だ。エースに気持ちよく打たせてあげられなかった菅原先輩も、決められなかった田中と澤村先輩も、徹底的にマークされた東峰先輩も、ブロックフォローが納得するようにできなかった西谷も。ギャラリーから何もできなかった私も。

「でも悔しいまんまが一番嫌なのは、西谷でしょ。」

顔を埋めたまま頷いた西谷は、それからどれだけそうしていただろうか。
遠くから潔子さんと顧問の先生の声がして、同時に澤村先輩たちも一緒だと分かった。

「俺、明日旭さんに謝りに行ってくる」
「…うん。西谷はやっぱりそうでなくっちゃね」

すくりと立ち上がったその背中を軽く叩くと、にかっといつもの笑みを浮かべた西谷。ウチの守護神は、改めて吃驚してしまうほど頼もしい。
一足先に戻ってきたみんなに頭を下げた彼は、ウリウリと頭を撫でられて気合いを入れ直していた。先輩たちも、もう無理して笑っていなかった。きっと明日には何事もなく元通りだ、そう信じていたのだ。この時は。
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