19

3月、県民大会が近づいてきた。白い紙をペラペラさせた顧問が、準備中の部員が揃う体育館の扉を開けて入ってくる。

「対戦相手出たぞ〜!」
「しァっす!!」
「……伊達工か」
「ブロックきちぃんだよなぁ」

伊達工業。IH予選後から潔子さんと協力して少しずつ集めてきた試合データを頭の中で巡らせる。ブロックが要の試合展開をするのが特徴。サーブ&ブロックで得点を取るというスタイル。烏野も安定した試合をするけど、なんというか…映像を見ている分にはどっしり?ずっしり?している感じ。それも全てブレないブロックのせいだろう。
威圧感がすごい、という印象だ。

「ま、ウチにはブロックも打ち抜くエースがいるからな!」
「ちょ、まぁ、はい…頑張ります……」

菅原先輩がバシン!と東峰先輩の背中を叩くと、彼は眉を下げた。確かに東峰先輩のスパイクの威力は最近格段に上がっているし、ブロックぶち抜きもできるんだろう。セッターである菅原先輩が絶大な信頼を持ってることがヒシヒシと伝わってくる。
きっと、はじめくんと徹くんみたいなものなんだろうな。セッターとエースの絶対的信頼関係。

「よっしゃ!伊達工対策のためにブロックフォローとか練習するぞ!」
「「おーー!!」」

士気がたっぷり上がったこの空気が、心地よい。

「私たちも、いい仕事しよう」
「はい!」

お決まりになっている試合前の潔子さんとの気合い入れ。冷えた空気の中でパチン、と手のひらを交わす音がすると、少しだけヒリヒリと痛痒くなった。でもそれもとても愛おしい。

◇◇◇


県民大会1日目、3月17日がやってきた。

各自アップを取りながら試合開始の時間が来るのを待っていると、あっという間に公式練習時間がやってきた。潔子さんと一緒にボール籠を押しながらフロアに入る。何度経験しても、下にいると緊張感が全く違うものだ。選手のみんなと潔子さんは、毎回こんな緊張感を味わっているんだな。

キュッ、バシッ!
ボールが跳ねたり、踏み切るシューズの音だったり、目を閉じて耳を澄ますと大好きな音が聞こえてくる。私はバレーボールが好きなんだ。

「っぶない!」
「へ」

どこからか焦った声が聞こえて目を開けると、お腹にボールが直撃してぐへ、と変な声が出た。

「わああああ…ごめん紬ちゃん、大丈夫…?しな、死なない…?」
「だ、大丈夫です東峰先輩!ぼーっとしてたのは私で…!」
「ごめん、ほんと、ヒィ……」
「やばい、旭が白目剥いてる」

お腹に直撃したのは東峰先輩のスパイクだったようだ。でも威力は普段より弱かったし、一度バウンドしたボールだし、大丈夫ですよと顔の前でブンブン手を振る。収拾がつかない様子を見かねて菅原先輩が救済を入れてくれた。結局東峰先輩の反応を見て楽しそうに笑っているんだけど。

「ぼーっとしてちゃ危ないべ?」
「す、すみません…つい……」

練習が終わって、ボールを片付けて撤収する。深呼吸をしていたり、試合前のルーティンをしていたり、集中力を高めていたり。スッとスイッチが入ったように見える部員たちを見て、私の背筋も伸びた。あとは邪魔をしてはいけない。私は上に戻らないとと背を向けると、澤村先輩に手招きされた。

「どうかしましたか?」
「円陣組むからさ」

既に円になった部員たちが私を見ている。先に戻った澤村先輩が、早くこいというので慌てて駆け寄った。空いていた菅原先輩と潔子さんの間に滑り込むと、二人の手が背中に触れる。あたたかかくて優しい先輩の手。

「烏野ファイ!」
「「おおー!」」

体育館のフロアに声が反響して響く。耳を擘くほどの声に、酷く胸が高揚した。
始まったのだ、新体制初の公式戦が。

フロアから応援席に上がった私は、烏野側の最前列に腰を下ろす。伊達工応援席からは、強豪校らしい応援が聞こえてきた。そしてまた斜め後ろくらいにあのおじさんが腰掛けたのがわかる。

「今日こそはいい試合見せてくれるんだろうなぁ?烏野」

応援席が、みんな敵みたいだ。嫌だなぁと思ってしまった気持ちを振り払うようにブンブンと左右に首を振る。私がこんなんじゃダメだ。おじさんの罵声なんて負けないくらい、伊達工のすごい応援に負けないくらい、私が精一杯やるんだ。
私もここから、一緒に戦う。

「やっほー、紬」
「え、とおるくん…?」
「おい、勝手に一人で行くなクソ川!」

ひょこっと突然視界に現れたとおるくんは、ひらりと手を振って私の隣に腰掛けた。怒りながら彼の後をついてきたはじめくんもその隣に腰掛ける。二人とも青城のエメラルドグリーンのジャージを身につけていて、試合前だということがすぐに分かった。

「二人とも、こんなところにいていいの?」
「いつか戦うかもしれない相手は見ておかないとね。それにここにきたら紬に会えると思ったから」
「あと、俺たちはシードだから暫く試合ない」

そうか、青城はシードなのか。さすがだなぁ…。へらりといつもの口調で言う徹くんに一つ頷いたところで、試合開始の笛が体育館に響いた。
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