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「うへぇ、寒い…」
「本当凍れる。あの子生足なのやばくない?」
深々と雪が降り注ぐ今日は、二学期の修了式だ。よって、明日から冬休みが始まる。
体育館から戻る道、沙良と二人で歩きながらなんでもない話をしていた時だった。
「遠藤ちゃん!」
「わ、菅原先輩、澤村先輩」
「今日、HR終わったら2年4組の教室集合な!部活前にやることあるから!縁下にも伝えて」
「はい、わかりました!」
突然の菅原先輩に心臓がうるさい。勢いよく頷くと、元気だなぁと笑いながら私たちの横を通り抜けていった。今日もかっこいいなぁ…そして爽やか。こんなに寒いのに全然寒そうに見えなくてすごい。
体育祭が終わった後から、こんな頭の弱い思考回路になってしまうくらいに先輩のことばかり考えてしまっていた。これはもう、恋と認めざるを得ない。先輩に、恋をしてしまった。
「別に縁下に言ってもよかったのにね?」
ニヤニヤと笑った沙良が、肘で私を小突いた。それは私も思ったけれど、でも期待はしすぎちゃいけない。
「……たまたま私が目についただけだよ」
「ふぅん」
それにしても、部活の前にやることってなんだろう?
教室に戻って力にそのことを伝える。帰りのHRは担任からの口すっぱい注意事項で終わり、一緒に2年4組に向かうことにした。
2年生の階、新鮮だ。
先輩たちはここに毎日通っているんだなぁ…。キョロキョロとあたりを見渡しそうになってしまい、不審だろうとそれをグッと堪える。もし菅原先輩と同じ学年だったらどうなっていただろう。こんなふうに横に並んで歩いたり、移動教室一緒にいったり、忘れた教科書の貸し借りとかするんだろうか。だとしたら…いいなぁ。
「お!力!遠藤も遅ぇぞ!」
「なにその格好」
2年4組のドアを開けて現れたのは、サンタクロースの格好をした田中だった。衣装にプラスして、ご丁寧に真っ白な顎髭までつけている。
「…まさかお前ら、聞いてないのか?」
「おー!来たな、二人とも!」
「え、菅原さんまで……」
登場早々ニッコニコな菅原先輩も、見事なサンタさんだ。真っ赤な衣装に真っ赤な帽子。白いふわふわが似合うなぁ…なんて見惚れていると、手に持っていた赤い帽子が私の頭にも被せられた。
もしかして、部活前にやることって……。
「さ、パーティーすんぞ〜!」
「「うおおお〜!」」
菅原先輩の一言で、その場の盛り上がりは一気に最高潮に達したのだった。
「あの、練習は…?」
「ふふ、見ての通り今日はお休み。」
「もしかして、ずっとこれやること決まってたんですか?」
「そう、澤村と菅原がね。パーっと行こうぜって」
普段あまり部活に来ない顧問が準備してくれたジュースとお菓子を囲みながら、潔子さんに尋ねる。全部先輩たちが許可を取って、先生にお願いしてくれたことだそうだ。
「二人は特に何も言ってなかったけど、士気を高めるって感じなんじゃ無いかな。来年は勝負の年だし。」
「…そう、ですよね」
年が明けて新学期が始まれば、先輩たちの最後の一年が始まる。それを大事にしたいということなのかな。夏からいろんなことがあったし、先輩たちの優しさなんだろう。
戯れながらお菓子を食べている部員たちを見ていると、自然と笑みが溢れた。あっちでは西谷と菅原先輩がマシュマロキャッチやって盛り上がってる。
振り返ってみればほぼ強制的に入部が決まったバレー部だったけれど、みんなの真っ直ぐさに胸を打たれて、私も成長することができた一年だったな。
「私、バレー部のマネージャーになってよかったです」
「遠藤ちゃん……」
「紬…」
「? へ、」
気がつくと、さっきまで盛り上がっていた面々は皆こっちを見ている。注目されていることに気づいた私は慌てて視線を足下に落とした。
「遠藤がマネージャーになってくれてよかったよ」
「私も。これからもよろしくね」
「澤村先輩、潔子さん……!」
ぽん、と優しくて大きな手が頭に乗っかる。嬉しくて、胸がいっぱいで、何だか泣いてしまいそうになる。誤魔化すように手に持っていたショートケーキを頬張ると、さっきまでよりとびきり甘い気がした。
「ふふ、美味しいです」
「よっしゃ!トランプやるべ!」
「やりましょう!また紬ボロ負けだな!」
いつの間にかババ抜き大会が始まる。苦手なんだからやめてほしいと思ったけど、乗せられて参加してしまった。…またジュース奢りになっちゃったけど。
それでもまぁいいかと思えてしまうほどに楽しい時間を過ごした。白い顎髭をつけたちょっと間抜けなサンタさんたちも、みんな笑っていた。こんな時間がずっと続けばいいのにと思うけど、楽しい時間はあっという間。いつの間にか陽は傾いて真っ暗になっていた。
借りた教室の後片付けをしていると、菅原先輩に声をかけられた。
「今日、楽しかった?」
「はい。とっても。私たちのためにやってくれたんですよね?クリスマス。」
「んや、俺らも楽しいことしたいなーって思ってさ」
窓に貼り付けられた装飾を剥がしながら、先輩は優しく笑う。
「菅原先輩って、なんでそんなに優しいんですか?」
「え?……んー…、」
「逆に、何でだと思う?」
吃驚したように目を丸くした先輩は、すぐにまた優しい表情で私を見た。その顔にどきりと心臓が跳ねる。堪らなく好きだと思ってしまう気持ちを堪えて、私もできるだけ笑って答えた。
「逆質問ですか?…んー、なんででしょう」
「遠藤ちゃんには、まだ内緒。」
「えっ?」
まるで子供のように笑った先輩は、月の光に照らされて綺麗だった。
こうしてまた、私の心は勝手に菅原先輩に惹かれていってしまうんだな。高校一年生のクリスマスは、とっても特別で暖かかった。