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一年の競技がはじまってすぐ、なんで烏野名物【借り物競走】なのか理解した。借り物競走の対象は必ず【人】。それは観客だったり生徒だったり教師だったり様々。お題ももちろん簡単なのから意地悪なものまであるようで、恋愛イベントとして盛り上がっていることがわかった。
一年の中でバレー部は出場していないけど、同じクラスの川西くんが【気になる人】というお題を引いてしまって、みっちゃんを連れて行ったのにはきゃー!と声をあげて盛り上がってしまった。

連れて行かれたみっちゃんも満更でもなさそうな顔をしていたし、もしかしたらあの二人はこの後付き合うことになるのかもしれない。なんか、いいなぁ。

「……こういうことなんですね。」
「そう。面白いよね」
「潔子さんも結構連れて行かれるんじゃないですか?このお題。」
「…んー、そうでもないけど。」

あぁ、全ての潔子さんファン&片想いの男性に同情してしまった。潔子さんは高嶺の花なんだな…。女子に生まれてよかった。

「あ、二年始まる。今年、バレー部だと菅原と澤村が出るよ。」

その名前にどくんと心臓が鳴る。菅原先輩が、出る。
もし同じように好きな人、とかのお題が出たとして、可愛い先輩とか、同級生とか、そういう人が呼ばれて連れて行かれたらどうしよう。

何故か菅原先輩のちょっとだけ照れた表情が容易に想像できて、それがさらに心臓を深く抉った。


開始の順番待ちをしている列、その前から3番目に菅原先輩の姿を見つけた。見たくないと思いつつも、真っ先に見つけてしまうところが嫌になる。少し伸びながら体を慣らすその仕草。それを見ただけでもドキッとしてしまうのに、遠くにいるはずの先輩と目が合った気がした。
本当に気のせいかもしれないけど、目があって、少しだけ私に向かって微笑んだ…気がしたのだ。全く脳は都合よくできてるな。

当たり前だけど二年生のお題も一年のものとテイストが変わるわけがなく、【人】ばかりだった。数学の先生、部活の顧問、まだ全然お昼じゃないのに、お弁当を食べている人っていうお題が引かれた時には流石に驚いた。

「あ、次菅原だね」
「本当ですね!お題何かなぁ」

あたかも今気づきました、みたいな反応をしつつ、ずっと気づいていました。

変なお題じゃありませんように。怖い。だけど少しだけ、緊張している。
私は一丁前に、あわよくば私を選んでくれますようになって烏滸がましい願いを持ってしまっている。本当に、厄介極まりないな。手汗が吹き出してしまいそうな手をぎゅっと握り締めて、スタートラインに立つ先輩を見つめた。

笛が鳴って、一列に並んだ先輩たちが一斉に走り出す。意識しないようにすればするほど、視線は菅原先輩を追ってしまってどうしようもなかった。お題が書かれた紙を広げた先輩は少し考え込むような素振りを見せた後、こちらを見た。

…え?こっち見てる。

「ねぇ、菅原すごいこっち見てない?」
「……見てます、ね」

「こっちくるね」

明らかにこちらに向かって走ってくる菅原先輩。周りの歓声とか、別の走者が他人を呼ぶ声とか、うるさいはずなのにすっごく静かに聞こえてしまう。私の心臓の音だけがうるさい。潔子さんだったらどうしよう。お題は綺麗な人とか可愛い人、とか。でも、でも…。もしも、菅原先輩が向かう相手が私だったらどうしよう。

「遠藤ちゃん!」
「え」
「来て!!」
「え、え、」
「いってらっしゃい。私ここで待ってるね」

息を切らして駆けてきた先輩は、私の腕を掴んで無理やり立たせる。それに促されるままに私は走り出した。少しだけ振り返ると、潔子さんは涼しい顔をしてこちらに手を振っている。

「ちょ、先輩!」
「後で説明するから!頑張って!」

いやああ、先輩足早い!私絶対に足手まといじゃん!
というかすっごい注目されてる気がするどうしよう!

腕を引かれるまま精一杯ゴールまでのコースを走り、少し前を走るサッカー部の先輩と顧問のおじさん先生には一歩敵わず二位でゴールを抜けた。
久しぶりにこんなに走った。ヒューヒューと喉が狭くなる感じかして、一生懸命肺に酸素を取り入れる。隣に立っている菅原先輩は涼しい顔で笑いながら私を見下ろしていて、それに気づいては顔に熱が集中した。とてつもなく頬が熱い。でもこれはきっと、久しぶりに全力で走ったせい。

「はぁ…、なんで、私」
「あ、お題!これ!」

先輩が広げた小さい紙には【可愛い後輩】と書かれていた。

「はい、2年4組菅原くん!お題は【可愛い後輩】ということで、男バレの1年マネちゃんですね!OKなのでそのまま二位!おめでとー!」

アナウンス部の生徒が実況を踏まえて確認をしていた。そうか、可愛い後輩。

「お題見た時絶対遠藤ちゃんだ!って思ってさ。場所わかってよかった」

へらりと笑った菅原先輩は、太陽に照らされてキラキラしている。どうしようもないくらいに眩しくて、でも先輩を目に焼き付けたくて、目を逸らしてしまわないように意識した。

「ありがとうございます。えと、嬉しい、です…」
「……うん。あと、それ、似合ってる」

ふわりと笑った菅原先輩は、私の髪の毛を指差した。どくん、と鎮まったはずの心臓がまたうるさくなる。…直接、言ってもらっちゃった。


菅原先輩と一緒に潔子さんのところへ戻る。二位で惜しかったねという潔子さんは、先ほどまで構えていたスマホをそのままこちらに向けた。

「え?」
「はい、チーズ」

グッと肩に手が回されて、先輩の肩に私の身体が触れる。状況が飲み込めないまま、パシャリというスマホのカメラ音が響いた。スマホから顔を上げた潔子さんは、無言で親指を立てる。
どうしよう…、これは、ツーショットだ。

「サンキュー清水!」
「紬ちゃん、可愛く撮れた。」
「俺にも送っといて!」
「ん、グループに貼る」

先輩がその写真を欲しがってるのも、よく撮れてんな!って眺めてるのも、全部全部嬉しくて。体育祭ってこんなに最高なイベントなんだと思ってしまった。


「ねぇ菅原、別に紬ちゃんじゃなくてもよかったよね?」
「ん?」
「田中でも西谷でも縁下でも。」
「…あー、それは……」

入学して初めての行事。とてもキラキラな思い出ができてしまった。
バレー部のグループトークに投下されたあの写真の保存ボタンをタップする。スマホに保存されたその一枚を眺めながら、私は緩み切ったその頬を抑えるのだった。
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