13

東北の夏は短い。色々あった夏休みもあっという間に終わり、今日は始業式だ。
教室に入ってすぐ、力の姿を見つけて声を掛けようか悩む。じっと見つめすぎてしまったのか視線に気づいた彼は、すぐに私から目を逸らした。分かってはいたけど、胸が痛む。彼はもう、もしかしたら戻ってくる気はないのかもしれない。それだけで私の目の前が暗くなっていくような気がした。

「お昼食べよ〜」
「あ、沙良。久しぶり。」

夏休みが明けて真っ黒になっている人が多い中、沙良は持ち前の白さを保ったまま。体育館にこもっているのだから当たり前だけど、さすがだなぁと思って見惚れてしまう。

「夏休み中、なんかいいことあった?」
「んー、その逆。」
「あぁ、男バレ色々あったんだっけ?道宮先輩から聞いた。」
「そっか。道宮先輩って澤村先輩たちと仲良しなんだもんね」

たまにその名前を聞いたことあるという記憶を頼りに打繰り寄せる。確か、道宮先輩と澤村先輩は中学の時から同級生なんだっけ…?目の前の沙良が頷いたので、私の記憶は正しかったようだ。

「おっかない監督が復活したんでしょ?私もチラッと走り込み見たけど、ありゃきついよね…。炎天下だしさぁ」
「ん、すっごいキツそうだった。でも問題はそっちじゃなくて…」

声のボリュームを落として教室を見渡すけど、聞かれたくないその人物の姿はなかった。

「力たち、部活来なくなっちゃって。」
「はあ!?」

そこまでは女バレには噂が回っていなかったようだ。同じ学校にいるとはいえ、違う体育館。会う機会もすれ違ったりすることもなかったので無理はないだろう。困ったように眉を下げた私を見て、同じように心配そうな表情を浮かべてくれる彼女は改めて優しい子なんだなと思う。

「…しかも私、先輩に偉そうな態度取っちゃって。」

先輩に頭を下げたあの日、改めて考えたらとても生意気なことをしてしまったと一人で反省した。うちの先輩は優しいから許してもらえただけで、世間一般で言ったら生意気な後輩すぎる。
ことの一部始終を話すと、沙良はふぅんと興味深そうに私を見た。

「じゃあ紬は、その菅原先輩のことが好きなんだ?」
「は!?!」
「あれ、違うの?」
「なにがどうしたらそうなるわけ!?」

不思議そうにする沙良に経緯を事細かに話すと、言われた一言が想定外過ぎた。パクパクと言葉にならずに口を動かす私を見て、沙良はなにも気にしていないかのように豪快に笑い出す。

「そっかー、紬にも遅めの春が来たかぁ」
「だから違うって!」
「はいはい。」

なんでも恋愛にこじつけるのは辞めてほしいものだ。と意地を張ったものの、菅原先輩と一緒にいる時、ふとした瞬間に胸が締め付けられることを思い出す。昔読んだ少女漫画によると、恋とはドキドキするだけでなく胸が苦しくなったり、とてつもなく切なくなったりするものだ、と。そう考えると確かに菅原先輩はそれに当てはまっていて、浮かんだ考えをかき消すように頭を振った。
そうだ、今は、それどころではないのだ。

「やっぱり、信じて待つしかないのかな。」

開いたままの彼の席を見つめたまま、また一つ溜息が溢れた。

「そういえば、男バレの澤村先輩って、彼女いるのかな?」
「え、」
「え?」
「…いないと思う、よ?」
「そっかぁ、道宮先輩と付き合ってるのかなぁ…」

何度か頷いた沙良の表情は、ホッとしたような、少し緊張したような、複雑なものだった。
……これは、もしかして?もしかして…。それで、私にこんな話題を振ったのだろうか。

私の考えはきっと当たっているのだろう。本人に言ったら否定される未来しか見えなかったので、これは心の中に押し込めながら彼女に向かってまた一つ頷くのだった。


沈みかけていた気持ちに変化が起こったのは、それから3日後のことだった。

「縁下?」

いつものようにコートの準備をしていた時、澤村先輩の低い声が体育館中に響いた。視線の先を辿ると、そこには制服姿の力がいた。

「来るなら、着替えて来いよな」
「…はい!」

良かった。その言葉が頭をよぎったかと思えば、聞こえたのは澤村先輩の冷たい声で背筋が凍る。
力自身は力強く頷いたものの、残された体育館には冷たい空気が漂っていた。どうしよう、やっぱり怒っているのだ。私と田中の焦りに気づいたのか、澤村先輩は困ったように眉を下げてこちらを見た。

「優しさだけでは解決できないこともある、って、黒川さんに言われたんだ。…大丈夫。俺も信じてたよ」

そう言って頬を緩めた澤村先輩は大きくて、頼もしくて、安心して、涙が出そうになった。良かった、本当に。これでまた一歩、進めた気がした。

制服に着替えてきた力を、先輩たちも田中西谷も、もちろん私たちも、当たり前のように受け入れた。空白の時間なんてなかったかのような1日だった。それが安心して、嬉しくて。いつもの光景に力がいるという安心感を感じながら、まだ戻ってこない2人のことを頭がよぎった。

「今まで、すみませんでした。」

自主練も終わり、本日はこれで解散という頃、力の声が聞こえた。先輩3人に対して深々と頭を下げた力の背中は寂しそうで、グッと胸が詰まる。それでも、私から見える先輩たちの表情は穏やかだった。

「信じてたよ、縁下。」
「またよろしくな」
「……はいっ!」

こうしてまた、私は先輩たちのことが好きになる。

「でも、遠藤ちゃんにお礼いいなね」
「…え?」

チラリとこちらをみた菅原先輩と目が合った。なんのことだか検討がつかずに首を傾けると、ふは、と先輩は笑いながらまた力に視線を戻す。

「みんなが戻ってくるって信じてくださいって、頭下げてくれたよ」

力も、田中西谷も、潔子さんも、一部始終を知らない人たちが一斉に私のことを見るのが痛いほどにわかる。
顔に、熱が集中していくのを感じた。それでもその熱が心地よく感じてしまうほどに、私は、今この瞬間が嬉しくてたまらなかった。
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