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次の日、約3ヶ月苦楽を共にしてきた1年生の部員のうち2人が、退部届を提出したことを顧問づてに聞いた。胸にぽっかり穴が空いてしまった気がしたのに、そんなものだったのかと思ってしまったのも事実だった。部活動は、簡単なものではない。そうやって選択して、変わっていくのだと自分の中に落とし込んだ。そうしたら少しだけ楽になった。

烏養監督が烏野高校排球部にやってきてから早くも3日が経とうとしていた頃のことだった。初めは小さいものだった不安の種が、どんどん育って大きくなっていくのを感じている。

「…はぁ、はぁ、」
「木下くん、成田くん大丈夫?塩タブレットあるから。ドリンクもちゃんと飲んで、熱中症とか気をつけて。体調悪かったら言ってね」
「ありがとう、遠藤さん」

そう言って笑顔を作ってくれた木下くんの表情には苦痛しか浮かんでいなかった。好きなバレーをしているはずなのに、こんなに苦しい想いをするものなのかと伝播してしまった私の表情も歪みそうになってしまう。私なんかにわかるはずないのに、と自分に喝を入れ直した。

みんな、キツそうだった。
練習メニューはいつもの倍だし、そのどれもが基礎トレーニングばかり。筋トレ、走り込み、サーキットトレーニングなど。それでも文句を口に出さないみんなは本当にすごいと思っていた。

「きちぃ〜!」
「お疲れ、ちゃんと水分補給してね」

べたん、と体育館のフロアにへばりつく田中に青のボトルを渡す。日が傾いて部活が終わる頃には、こうして肩で呼吸をする部員達を見守るのが日常になりつつあった。そこから今日の分の片付けや洗濯を行うので、マネージャーの仕事が終わる時間も後ろにずれていった。大変ではないと言うのは嘘になるが、部員に比べたらこれくらい全然大変じゃないんだろうなとは思う。

みんなが頑張っているから、私も頑張れる。それを実感した夏休み。今日もありがとう、というたくさんの声に助けられて私は続けられていると感じる。明日も、みんなで頑張ろうね。そう心の中で唱えながらその姿を見つめていた。

だけど次の日、力を含めた1年は、みんな一気に部活を休んだ。理由は体調不良か、無断欠席だった。
体育館にいつも通りやってきた同級生は田中と西谷だけ。

「…おい、遠藤。なんか聞いてるかよ、力から」
「ううん、何も」
「……そうか。」

いつもよりも小さく見えるその背中に浮かぶのは怒りか、悲しみか、悔しさか。きっとそのどれかではなく、全部なのだろう。ぐるぐると胸の中に渦巻く感情を押し込めながら、私は自分の仕事に専念した。

次の日も、その次の日も、力や成田くんは部活にこなかった。送ったままのメッセージに返信が来ることも、既読がつくこともなかった。それは私だけではなく先輩も田中、西谷も同じようだった。どうしたらいいんだろう。私に何ができるだろう。こうやってまた、後悔が降り積もっていく。


「紬ちゃん、ちょっといい?」

休憩中、ぼーっとスマホを眺めていた私に声をかけてくれたのは、潔子さんだった。潔子さんと目があったのは久しぶりだったかもと思ってハッとする。どうやら私はまた、一人の世界に閉じこもってしまっていたようだ。

お弁当を持って外に出ると、潔子さんは自分の隣を撫でて私をそこに座るように促した。促されるまま腰掛けた私は、一人で勝手に重い空気を纏っている。しかし、彼女の口から発されたのは大丈夫?という優しい優しい声だった。気を抜けば涙が溢れてしまいそうで、グッと唇を噛み締めながら頷く。

「紬ちゃんが一人で抱えることじゃないよ。」
「……はい。でも、何も出来なくて、また」

「紬ちゃんが待ってる、っていう事実に救われる人もいるんじゃないかな。」
「そう、でしょうか。」
「うん。帰ってくるって信じてくれてることって、結構心強いかも。」

潔子さんがふわりと笑いながらこちらを向くと、生ぬるい風が少しだけ涼やかになった気がした。待っている、信じている。そうだ。私はこれから先も、このメンバーで、もっと上を目指したい。そのために、もっともっと頑張りたい。それだけは変わらない事実で、真実だ。
それを叶えるには、欠けちゃならないのだ。みんな、みんな。

先に戻ってるね、と声をかけて体育館に戻っていった潔子さんに向かってもう一度お礼を言うと、私にしか見せてくれないんじゃないかと言うほど綺麗な笑顔で微笑みかけてくれた。それにまた一つ勇気をもらって、太陽光を浴びたせいで熱くなったスマホと向かい合う。

『信じてるから、私。』

投下したのは、1年だけのグループライン。相変わらず既読マークはつかなかったけれど、体育館に戻った時に田中と西谷がVサインをくれたので、ちゃんと送信できているということだろう。

ねぇ、私は自分勝手なのかもしれないね。走り込みの辛さも、基礎トレのだるさもわからない。計り知れないほどの恐怖を一緒に味わうことができない。それでも、私は、みんなと一緒に部活がしたいよ。


「お先に失礼しますっ」
「おー、お疲れ!」
「遠藤ちゃんお疲れー!気をつけて帰れよ」

あれから2日経ったけど、力たちが部活に来てくれることはなかった。だけど一つだけ進歩もあって、なんと、メッセージに既読がついた。読んでくれたということだけでも嬉しくて、前向きな気分になってくる。
きっと、大丈夫だ。

そして私にはもう一つ、心臓をざわつかせる材料があった。今からそのうちの一つと向き合いに行こうとしている。約束の時間に遅れてしまいそうだと言うと、潔子さんは残りの仕事を快く引き受けてくれた。頑張ってね、と。本当に偉大な先輩だ。

先輩達に見送られながら校門を出ると、太陽の日差しが眩しすぎて目を細めた。あぁ確か、初めて彼らにあった日もこんな夏の日だったなと思うと思わず笑ってしまう。こうやって思い出に結びつけてしまうあたり、私はやっぱり彼らのことが大好きで、手放せない存在なんだろうなと思った。

指定されたのは烏野高校から近いファミレスで、もう中にいるというその人物を探してあたりを見渡す。

「紬」
「……はじめくん!」

久しぶり、と言っても3、4ヶ月ぶりに聞いたその声に、心の底から安心している私がいた。青葉城西高校の爽やかカラーのジャージを身に纏ったはじめくんは、片手を上げて私を導く。吹き出した汗をハンカチで拭いながら目の前に腰掛けると、少し難しそうな顔ではじめくんは言った。

「ヨォ紬。今日は逃がさないからな」
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