09

週明けから始まった期末テストは、週末の勉強会のおかげもあってか上々だった。頼んだわけじゃないけど、律儀に毎日連絡をくれる田中と西谷も今のところいい感じらしい。

「この調子で赤点ないといいけど」
「紬はなんだかんだ言って二人に甘いよね」

テスト期間だから、もちろん部活はお休み。だから、今会える部員は同じクラスの力だけだった。
同じクラスだし、席も近いし、同じ部活だし、やっぱり彼とは喋る機会は多い。それに何かと気にかけてくれているんだろうなぁという感じはするし、私もどこかで力を頼ってしまっている節がある。そういう気持ちではないんだけど、この距離感では勘違いされてしまうのも仕方がないのかなぁ…と客観的に考えられるようになっていた。


こうして3日間のテストは無事に終わり、部活も再開。
返却1日目の時点で赤点が一つもなかったという二人は、部室で小躍りをしていた。

「本当に紬のおかげだ!ありがとな!」
「あぁ、遠藤は教えるのがうまい!」

こんな風に煽てられてしまって、私も悪い気はしない。勝手に頬が緩むのを隠すように、口元に手を当てていた。

「おぉー、二人とも赤点ゼロか!」
「今のところですけどね」
「それでもすげぇな。よく頑張ったじゃん!」

部室に入ってきた菅原先輩は、二人の頭を撫でくりまわす。…なんか、いいなぁ。
菅原先輩の手つきは優しくて、撫でられた二人は嬉しそうに笑っている。正直羨ましい。きっと先輩の手は暖かいんだろうな。

「あ、遠藤ちゃんが二人に教えたんだろ?ありがとな」

くるり、振り返った先輩は私を見つけて笑みを零す。

「え、いえ、そんなっ」
「偉いなぁ。自分も勉強しながらだろ?」

不意に、菅原先輩が私に一歩近づく。その手が私の頭を撫でるように弧を描いた。何故かその仕草がスローモーションに見えて、流れる時間がゆっくりに感じた。
あ、触れる……そう思ったけど、菅原先輩の手は私の頭に触れる直前で止まった。

「ごめん!」
「え」

先輩の視線は明らかに力の方を向いていて、そのままハンズアップの姿勢を取った。身体が動かない。言わなきゃ、違うよって。それでも身体は魔法にかかってしまったように動かない。

「あ、の、菅原さん!」
「じゃあ俺先行くわ、旭行くべ」

力の声を遮って、菅原先輩は東峰さんの腕を捕まえて出て行ってしまった。少しばかりのぎこちない空気が部室中を漂っていた。
なんか気まずい。なんでだ。

「……そういうこと?」
「え、何、どういうこと?」
「なんでもないよ。」

「っしゃあ!久々の部活だー!!」

力の意味深な言葉は田中の声に掻き消された。私も久しぶりの部活に集中しようと、両手で自分の頬を叩くのだった。


その後の部活はいつも通り、賑やかかつ真剣に行われた。新体制になってから練習メニューも進化をしていて、きつそうだけどみんなやりがいを持って取り組んでいるように見える。キラキラしている部員たちが眩しくて、マネ業にも力が入った。
それは勿論私だけじゃなくて、潔子さんも。

「ドリンクです!」
「お、サンキューな」

今日は潔子さんが別の作業をしているので、私が先輩から順番に。澤村先輩、東峰先輩と順番に渡し、次は目があった菅原先輩、だったのだけど。

「清水ー!」
「…あれ、」

今、確実に目があったと思ったのに。潔子先輩に用事があったのか、菅原先輩は踵を交わして私とは反対の方へ向かっていった。さっき部室で感じた、少しの違和感がどんどんと膨らんでいく。もしかして、私。

「……なんかしちゃったのかなぁ」
「なんかあったのか?」
「いや、なんでも」
「なんかあったらいつでも力になるからな!」

ドリンクとタオルを同級生に渡すと、私の浮かない顔を察知したのか西谷が声を掛けてくれた。にかっと屈託のない笑顔を見せられては、一人で悩んでいることが馬鹿らしくなってくる。いつの間にかつられて笑っていて、なんとかなるかという気分にさせてくれるのだ。周りにいた他の一年たちも、そうだそうだと頷いていた。

「ありがとね、みんな」

一人、力だけは難しい顔をしていたけれど。


部活終わり、いつものように坂の下商店に向かう。制汗剤の香りを纏った部員たちと連れ立って、先輩の後ろをついて歩いた。大地さんの奢りっすか!と田中が声を上げる。文句を言いながらも、きっと澤村先輩は可愛い後輩のために奢ってくれるのだろう。後輩思いのとっても優しい先輩だ。

私の隣には、ニコニコその光景を眺める菅原先輩がいる。その表情は今日一日で感じた違和感を全て吹っ飛ばしてしまうほどに優しい。いつもの、菅原先輩だ。

「あ、あの、菅原先輩!」
「ん、どしたぁ?」
「…えっと、あの、」

やっと二人でゆっくり話せるタイミングがやってきた。誤解を解くには今だ!と思って勢いで声を掛けてしまったけれど、勘違いされていると決まったわけでもないし、こんなに焦って説明したら変な意味で勘違いとかされてしまわないだろうか。どうやって説明しよう。
考えていたら、暫くの間沈黙してしまっていたらしい。その沈黙を破ったのは、先輩の一言だった。

「え、なに!?もしかして俺、鼻毛出てる!?」
「……ふは、ちが、違います!」

真顔でそんなことを聞かれたら面白くて面白くて、お腹を抱えて笑う。それを見て、また先輩は不思議そうに首を傾けた。

「あの、私、力と付き合ってないです」
「え?」
「…なんか、勘違いされちゃった気がしたので。一応、です」

先輩は今度はぽかん、と正直間抜けな顔をして私を見た。その後同じように噴き出して笑う。

「はぁー、腹痛ぇ。そっか。そっか…ふふ、」
「なんですか、なんでそんなに笑うんですかっ」
「ふはは、そうかそうか」

なんだか分からないけれど、先輩が私と一緒にいて笑ってくれてよかった。それだけで心がぽかぽかして、ホッとする。気持ち悪いと言っても笑い続ける先輩は、素敵な笑顔で私の顔を覗き込んだ。そのまま先輩の大きな手が、私の頭をくしゃりと撫でる。

びっくりして顔を上げると、菅原先輩は満面の笑みを浮かべていた。
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