08

インターハイが終わり、烏野高校排球部は新体制になった。それに伴って練習メニューの見直しをしたり、基礎トレを変えてみたり、全体の士気は高まりまくっている。
…そんな最中ではあるんだけども。

「遠藤!頼む、一生のお願いだ!」
「俺たちを助けられるのは紬だけだ!」
「…あのねぇ、授業中寝てるから悪いんだよ?何故学習しない?」

もうすぐ夏休み…の前に、期末テストだ。部室でほぼ土下座に近い形で頭を下げているのは田中と西谷で。その背後には腕を組んで二人を見下ろす力の姿があった。

「力に教えて貰いなよ」
「俺、英語とか無理だから。紬よろしく」

この調子では卒業までに一生のお願いを何度使うのだろうか。と頭を悩ませていると、先輩たちも部室にやってきた。

「お前らテストヤベェの?」
「スガさん!やばいっす。まじでこいつ頼みで」
「それじゃ遠藤ちゃんが自分の勉強できねぇべや」
「そうなんですよ!さすが菅原先輩…!」

菅原先輩は、相変わらず1年の茶番に付き合いながら、田中と西谷を宥めてくれる。私のことまで気を遣ってくれて、なんて優しい先輩なのだろう。
中総体の日に泣いているところを見られてしまったかも、と思った私が勝手に気まずい思いをしていたけれど、菅原先輩の言動的にどうやら気づいていなかったようだ。胸に引っかかっていたものがストンと落ち着いて、最近は胸の痛みもあまり感じなくなっている。

「まぁでも、みんなで部活できないのは困るよなぁ」
「…ですよね!ほら、力、お前も頼め!」
「お前らがちゃんと頼みなさいよ」

キラキラした目を向ける二人と、困ったように眉を下げる力。
やれやれ、と結局承諾してしまう私も、つくづくこの二人に甘いのだろうと思う。憎めないこの感じは、田中と西谷の最大の武器なんだろうなぁ……。

「力も手伝ってよね」
「分かってるよ。英語、俺にも教えてね」

と言うことで、週末は田中の家で勉強会を開催することになった。私も分からないところは聞きながらやれるし、いいかも。それに、高校の友達と一緒に勉強するというのに少し憧れがあって、ワクワクしているのも事実だ。

盛り上がりながら体育館に向かっていく部員を見送っていると、菅原先輩がくるりとこちらを振り返った。

「? どうかしましたか」
「あー……遠藤ちゃんって縁下と付き合ってんの?」
「え!?」

一ミリも予想していなかった言葉に大きい声が出てしまって慌てて口を塞ぐ。

「な、なんでですか?」
「名前で呼び合ってたからさ、もしかしてって思って?へぇ。そうかぁ、そういうことかぁ」
「え、ちょ、違いますから!」
「分かってるよ、誰にも言わないから!」
「ちが、え、ちょ、菅原先輩!?」

ニヤニヤと笑みを浮かべた先輩は、そのまま私に背を向けて部室の扉を閉めた。
もしかしてだけど、勘違いされた…?

◇◇◇


その週の土曜日。
テスト期間ということで部活は休み。だからといって昼まで寝ていられる訳でもなく、私は約束通り田中の家にお邪魔していた。

「そこ、違うよ。使う文法こっち」
「えぇ、なんでだ、ここ過去形じゃねぇのかよ」
「田中、その公式違う。これ」
「あ!?」

ご覧の通り、やれやれ、という感じである。やる気だけはあるのが不幸中の幸いだが、自分の勉強にありつけるのはまだまだ先のようだ。対角線上にいる力と目が合うと、やれやれとわざとらしく眉を下げてきた。
…力を見て思い出した。昨日菅原先輩に勘違いされたまま、弁解できていないということを。

「…はあ、」
「なんだ遠藤、ため息つくと幸せ逃げるぞ」
「いつでも幸せそうな田中になに言われても説得力ないよ」
「なっ……!」

広げられている真っ白な問題集を見てまた一つため息が溢れた。

「まぁ、悩みがあるなら言ってみろよ。俺らでも力になれるかもしれねぇし!な!」
「おう!ノヤっさんはやっぱり男前だぜ!」

ガッツポーズを決めてみせた田中と西谷。そんなこと言ったって勉強からは逃れられないんだからな。

「そんなことより早く解きなよ。やばいよ?部活できなくなるよ?」
「「あああ……」」

一言で、自分が立たされているギリギリの場所を思い出したであろう二人は、再び机に齧り付く。どうやら、今度こそ集中して解いているようなので、安心して私も自分の勉強に取り掛かる。今日は数学をやろうと思っていたことを思い出し、問題集を広げた。

「ねぇ、」
「ん、どうしたの?」
「さっきの、大丈夫なの?」

暫くして声をかけてきたのは力だった。何のことなのかわからずに首を傾けると、「悩んでるんでしょ、何か」と続けた。あぁ、あのことか。また思い出してしまった。
これを本人に言うのはどうなのだろうと思ったけど、このままはぐらかすのもなんだか怪しまれそうだ。

「菅原先輩に、力と付き合ってるって勘違いされた」
「はぁ!?」
「そうなのか、お前ら!?!」
「馬鹿なの?勘違いされたって話じゃん。」
「抜け駆けか!?おい力!」

また面倒なことになってしまったかもしれない。ぎろりとやかましい二人を見ると、今度はピシリと固まった。

「……で、なんで勘違いされたの?」
「力のこと力って呼んでるからだと思う」
「え、それだけ?」

弁解しようとしたのに聞いてくれなかったということを付け加えると、力は続けて困ったなと呟く。まぁ、本当のことではないからこんなに焦る必要はないのかもしれないけど、菅原先輩に誤解されてしまっていることが少し引っかかる。

「なんとかして誤解解ければいいけど」
「うん、私もなんか……頑張ってみる」
「それにしても菅原先輩。なんでそう思ったんだろうなあ……」

力がポツリと呟いた言葉の答えはどこかに転がっているはずもなく、私の頭の中にころりと転がり落ちただけだった。誤解されていることに対してどうしてこうも焦りがあるのか、その答えも今の私にはわかるはずもなかった。

そしてこの日から、田中と西谷が必要以上に私をいじってこなくなった。

「「(こいつ、怒らすと怖いからな……)」」
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