07

「ケッ、堕ちたなぁ!烏野!!!」

そんな声がやけに大きく聞こえた。コートにはマネージャーは一人しか入れないから、当たり前のように潔子さんがコート入りしている。私は、スタンドで声を精一杯張り上げて応援していた。
インターハイ初戦、高校に入学して初めて経験する公式戦に、私は少なからず緊張しているのだろう。

相手は名の知れた強豪校。一生懸命声を上げても、相手校の大きな応援の音に私の声はかき消されていく。私の声が届いているのか分からなかった。それでも、声が枯れるまで声を張り上げた。

「頑張れっ、烏野!!」

エースの黒川さんのスパイクは、相変わらずすごい威力だった。腕に当たったら吹っ飛びそう。澤村先輩のレシーブは安定しているし、東峰先輩の攻撃は安定している。それに、菅原先輩のセットはいつもスパイカーのことを一番に考えたキレーなセットアップだった。田中の、コートの中を盛り上げる力はピカイチだし、西谷のレシーブは言わずもがな完璧だった。
大好きな、最高のバレーボール。

部員全員がキラキラしていて、前だけを見ていた。少し前の烏野は練習もあんまりしないし、力が入っていなかったと潔子さんに聞いた。そんなのは嘘みたいに、ちゃんと【勝つこと】だけを見ていると分かった。

……それでも。


ピーーーッ

試合終了の笛とともに、烏野のインターハイへの挑戦は呆気なく終わりを迎えた。
烏野コートにボールが落ちた途端に聞こえたのは相手校の応援席からの歓声。そして私の真後ろで聞こえたおじさんの罵声。私には居づらい音だけがするこの場所で、私はただ、コートを見下ろしていた。

相手チームの喜ぶ声と、俯いたままのチームメイトたち。
そこに私も行ければ、何かできるのか。かっこよかったです、とか、強かったです、とか気の利いた言葉をかけられるのか。
…いや、きっと私には、そんなことはできない。

「お疲れ、様でした」

ボロボロに涙を流す皆を、上から見ていた。田中も、西谷も、縁下くんも、東峰先輩も菅原先輩も澤村先輩も、潔子さんも、みんなみんな泣いていた。いつも寡黙な黒川先輩の目にも涙が滲んでいた。三年生は、唇を噛み締めて目を真っ赤にして、拳を握り締めていた。

それでも、私は泣けなかった。
涙が、出なかった。

私はただ、自分の無力さに直面しただけだった。

◇◇◇


私たちに罵声を浴びせたおじさんはすぐにいなくなってしまった。烏野は堕ちてなんかいない。みんな前向きで、真摯にバレーボールに向き合っているのに。そんなことも分からないなんてどうかしている。
文句の言葉だけが、ぐるぐると頭の中を巡った。

「紬ちゃん、行こうか」
「はい」

何か一つでも言い返せればよかったのに、とやるせない気持ちを抱えながら下に降りると、部員たちは移動を始めるところだった。私は潔子さんに声をかけられ、ボトルを洗いに向かう。潔子さんの切長の目は、先ほどまで泣いていたせいか赤くなっていた。
それでも綺麗だなぁなんて不謹慎なことを考えながら、水場でボトルを洗う。

その間、会話は一つもなかった。こんなことは入部して初めてで、とんでもない居心地の悪さを感じる。
だけど私は、何も声を掛けることができなかった。最適な言葉を見つけ出すことができないから。自分の無力さが悔しくて、唇を噛み締める。
自分から発される全ての言葉が余計なことになるかもしれなくて、それが、怖くて。

「…清水、遠藤も。少しいいか」
「はい」
「はいっ!」

少し重く感じていた空気を破ったのは、主将の黒川さんだった。ダウンとストレッチが終わったのか、タオルを首にかけたまま私たち二人を手招きする。

「今まで、ありがとう。」

低めで、普段から温度があまり変わらない黒川主将の声。だけどその言葉一つに、熱が、たくさんの熱が篭っていた。

「これは部員全員が思っていることだろうから、俺から代表して言わせて貰う。色々、俺たちのために動いてくれたこともあっただろ。女子二人で大変だっただろうけど、本当、感謝してる。……あと、これからの烏野を、頼む。」

その言葉とともに、深々と下げられた頭。へなりと下を向いた前髪からは、まだ汗が滴っていた。

ぐっと胸が詰まって、呼吸がしずらくなる。そんなありがたい言葉を貰えるほど、私は部員たちに何ができていたんだろうか。
言葉一つも掛けられなかった、私に何が。

「俺たちができなかったことを、来年は成し遂げられると思ってる。そのためには、変わらず二人の力が必要だ」
「はい。」

黒川主将の目は、輝いていた。表情があまり変わらない人だと思っていたけど、どうやらそうでもないらしかった。真っ直ぐ、前を見ている顔。
自分の試合には負けてしまったのに。高校生活最後のバレーボールだったのに。それでも、私たち後輩の未来を真っ直ぐに見てくれている、そんな格好良い主将だ。

黒川主将の言葉に大きく頷いた潔子さんも同じだった。真っ直ぐ受け取って、それを投げ返そうとしている。

…私だって、このままじゃだめだ。

ちゃんと烏野高校排球部に向き合って、やれることを全部やらないと。両手で抱えても溢れてしまうほどの、熱くて真っ直ぐな思いに応えられるほどのマネージャーにならなければ。

「私、頑張ります。」

やっと振り絞った一言。
黒川主将は、その大きな手で頭を撫でてくれた。
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