06

「烏野ってあれだろ?“落ちた強豪、飛べない烏!”」

見知らぬバレー部員の馬鹿にしたような口調に、心の中で中指を立てそうになった。それが顔に出ていたのか、隣を歩いていた潔子さんが困ったように笑みを浮かべる。私たちの少し前では、今にも暴れ出しそうな田中を菅原先輩と澤村先輩が必死に抑えている姿があった。

「抑えてね」
「すみません、でも、あんなの…」
「悔しいけど。言いたい人には言わせてればいいんだから」

そう言いながら前を向く潔子さんは、本当に強くて綺麗な人だ。私もそんな風に思えるようになりたい。私たちのチームは強いんだから今に見てろ!なんて堂々とできる人になりたい。選手を、しっかり支えられるようなマネージャーになりたい。

私がそんなことを思うようになった理由は、潔子さんの存在の他にもあった。今から約1ヶ月前のあの日、母校の試合を見た私は、何もできずにその場から逃げ出した。その後、後輩が全国大会に行けずに敗退したという知らせを受けて、心底後悔をしたのだ。
あの時私が行動を起こしていれば、飛雄…じゃなくても勇太郎や英ちゃんに何か一言掛けられていれば。

そんな無意味な後悔を繰り返した結果、今、自分の立場でやれることはしっかりやろうと心に決めたのだった。

「遠藤ちゃん、顔怖いぞーっ」
「す、がわら先輩!」

わしゃわしゃ、と髪を乱すかのように撫でた先輩は、にかっといつもの笑顔を向けた。それにほっと胸を撫で下ろした私は、つられて口角が上がっていく。

「うん、可愛いんだからそうじゃなくっちゃ。」
「!」

…へ?
幸いにも間抜けな声は発されぬまま、先輩は私の横を通って澤村先輩たちに合流していた。な、何が起きたっ!?

その場でしゃがみ込んでしまいそうになるのをグッと堪えながら、私も潔子さんのところへ向かう。その後、顔赤くない?と突っ込まれてしまい、私の心臓はさらにバクバクと煩く鳴った。
菅原先輩は、いつもずるいことをしてくる。

私が後輩だから、ちんちくりんだから、そういうことをするのかもしれないけれど。そういった類のものに縁もゆかりもない私は、そんな些細なところで心臓が煩くなってしまうのだ。

「よっしゃ、いくべー!」
「スガさん、勝ちましょう!」

先輩と同級生の溌溂とした声を微笑ましく見つめながら、騒めいた心臓が落ち着くのを待った。

◇◇◇


「あれ、紬さん?」
「…わ、びっくりした、英ちゃんに勇太郎か。今日は見学?」
「はい。」
「お久しぶりです」

会場について、ドリンク作成に向かっていると、背後から声を掛けられてびくりと肩が震えた。恐る恐る振り返るとそれは中学時代の後輩で、安堵の息を漏らす。
見学に来たという二人は、自然と腕を捲って私の横に並んだ。

「え、いいよいいよ、応援席戻りな?」
「一人でやるの大変ですよね?手伝います」

こうなった英ちゃんはちょっと頑固だ。大丈夫だと言っても聞かない。
ちょっと後ろにいる勇太郎にどうしよう、と視線をやるけど、困ったように眉を下げるだけだった。

「中総体、なんでそのまま帰ったんですか」
「…ごめん、」
「正直、寂しかったです」

珍しく素直な英ちゃんに、胸が締め付けられる。申し訳ないな。私が浮かない顔をしていたのもきっと見ていただろうし、心配を掛けてしまっただろうか。

「あの、紬さん、俺…」

控えめに声をあげたのは勇太郎で。私はボトルに水を入れては振るという動作を繰り返しながら、どうしても彼のことを見ることができなかった。それでも、耳に入った言葉はしっかり私の胸をグサグサと刺した。

「俺、間違ってないと思ってます。でも、やっぱり、…負けたのは、俺のせいかもって、」
「違う。違うよ、勇太郎」

英ちゃんも勇太郎も、私よりも身長が高いはずなのにどうも小さく見えた。

「二人とも、精一杯戦ったよ。少しだけ、ズレちゃっただけ。誰も悪くない。……飛雄も、ちょっと態度とか言い方とか不器用なところはあるけど、悪気だけがあった訳じゃないと思う。二人はもう、それもわかってるんだよね?」
「はい。でも俺は、影山のことを許せません」
「……うん。許さなくてもいいんじゃないかな」

許せないなら、許さなくてもいい。
だって勇太郎は、一番理解していると思うから。飛雄の強さも才能も、性格も。しっかり認めているような表情をしているから。

「…はい、」


気づけば、ほとんどのドリンクが出来上がっていて二人にお礼を言う。

「あと、もう1つ」

カゴに出来立てのボトルを詰めていた私の腕を、英ちゃんが掴んでいた。

「なんで、烏野にいるんですか」

額に、嫌な汗が滲んだ。それは一番触れられたくなくて、説明が難しいところで。
曖昧に笑ったところで、ちょうど私の名前を呼ぶ声がする。

「おーい、紬!公式アップ始まる!」
「はぁーい、今行く!……じゃあ二人ともごめんね、これ、ありがとう。また今度ね」

途中になっていたボトルたちを慌ててカゴに入れると、それをよっこらせと持ち上げる。

少しだけ振り返ると、スッキリした表情の勇太郎と、不満げな表情の英ちゃんが目に入った。その理由は、いつか私が言わなくても分かるだろうから。二人に背を向けた私は、早足にその場を去る。
可愛い後輩の前で、こんな情けない理由を話すことは今の私にはできないから。

「あれ、知り合いか?」
「あぁうん、中学の後輩。見学に来てるんだってさ。」
「そっかー!お前やっぱり慕われてんだな!」

西谷の太陽みたいな笑顔が、眩しかった。

「慕って、くれてるのかな」
「じゃなかったら、あんな風にあんな顔してお前のこと見ねぇだろうし、そもそも会いに来ないと思うけどな」
「……そうかな」

まっすぐな言葉は、純粋に私を助けてくれる。私の言葉で少しでも、あの戦いを経験した二人の心を救うことができただろうか。いつか、私の弱いところも含めて晒せる時が来るのだろうか。真っ直ぐな想いに、真っ直ぐ応えられる日が来るだろうか。

いつか、いつか。私も強くなるから、と手を握り締めた。
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