05

はしゃいでしまったのは1日目だけで、3泊4日のGW合宿は、その後滞りなく終わった。
2日目の朝は、気づいたら部屋の布団で寝ていたのだけど、全く記憶がなかったので考えることを放棄した。なんとか寝ぼけながら自分で部屋に戻ってきたのだと信じている。

「紬ちゃん、部活には慣れた?」
「はい、おかげさまで!」

もうすぐ入部して1ヶ月だ。もともとマネージャーをしていたということもあるが、烏野排球部での仕事にも大分慣れてきた。そして、部員全員のコミュニケーション力の高さからか、私でも部に馴染めてきていると感じる。それも全て、みんなと潔子さんのおかげなんだろうけど。

「よかった。あのね、私も、こうやって紬ちゃんが入ってくれて嬉しい」
「き、潔子さん…!」

嬉しさで胸がいっぱいになった私は、ぎゅっとその身体を抱きしめる。一瞬びっくりしたように身を固めた潔子さんだったけど、すぐに柔らかく笑いながら頭を撫でてくれた。嬉しい。
中学の時は、後輩はいたけど先輩はいなかった。だから、こうやって仲良くおしゃべりして、褒めてくれて、優しい先輩が居てくれることが本当に嬉しい。

ニヤニヤする表情を抑え切れずに顔を上げると、体育館の陰から恨めしそうにこちらを見ている西谷と田中と目が合った。
さぞ羨ましいだろうという気持ちを込めてにっこり笑うと、悲鳴を上げながら体育館の中を走り回り、澤村先輩からお叱りを受けていた。

◇◇◇


中総体は、北一のような強豪といえど、初戦は全校応援じゃないよなぁとギャラリーを見て思う。自分も経験していて知っていたはずなのに、すっかり見慣れない景色になってしまった。1年生であろう集団から少し離れて、前の席に腰掛ける。
卒業してからまだ数ヶ月。今でも目を閉じれば鮮明に思い出せるその景色を懐かしく感じながら、コートでアップする後輩を見つめていた。

「あれ、紬さん!」
「…来てくれたんですか。」¥
「あ、勇太郎に英ちゃん!がんばってね!」

ぼーっと見つめていると、懐いてくれていた後輩二人がこちらを見つめて声を掛けてくれる。二人は在学中から紬さん、紬さんと慕ってくれていた。そんな後輩が部を引っ張るようになったなんて感慨深いな。

ひらりと手を振ると、他の選手たちも私の存在に気づいてペコリと頭を下げてくれた。いつまで経っても後輩は後輩だし、可愛いな。

私たちの代はパッとしないなんて言われていたけど、後輩…今の北一は強い。
省エネだけど後半で力を発揮する英ちゃんに、身長もあってブロックもスパイクも堅実な勇太郎。そして何より……。

「あれ、遠藤じゃねーか!」
「お、本当だ」

聞き馴染みのある声がして辺りを見渡すと、ぶんぶんと腕が千切れそうなくらい此方に向かって手を振る田中が目に入る。思わず笑ってしまいながら、同じように片手を上げた。

「田中に澤村先輩と、菅原先輩!こんなところでどうしたんですか?」
「見にきたんだよ、偵察偵察!」
「来年ウチに入ってくる奴が居るかもしんないからさー。目星つけとかねぇと!」

改めて言うと、今日は午前で部活が終わったので、私は後輩の公式戦を見に来ていた。まさかこんなところで同級生や先輩に会うなんて予想もしていなかった私は、パーカーにジーンズと相当ラフな格好をしている。じわじわと恥ずかしさが込み上げてきた。
こんなことならもう少しマトモな格好をしてくればよかったよ…!

軽快なリズムで階段を降りてきた3人は、当たり前のように私の隣に並んで腰掛けた。

「それに、“コート上の王様”が居るらしいからな!」
「…何それ?」

私の隣に座りながら、キメ顔で言い放った田中に向かって首を傾ける。
王様?そんな異名を持つ人、後輩に居ただろうか。聞いたこともない。少なくとも私の母校ではないだろう。もしかして北一の対戦相手にめちゃくちゃ強い王様がいるとか?

…雪ヶ丘、だっけ。見たかぎり対戦相手は無名で、平均身長も大きいわけではなさそうだ。

「お、遠藤は知らねぇのか。えーっと…アレだ!あいつだよ!コート上の王様!」

そう思って田中の指差す先を辿ると、そこには見慣れた青と白のユニフォームがあった。信じられないと何度見返しても、田中は私の母校を指差していた。

「え?北一?誰のこと?」
「あいつだよ!えーっと、…あー…」
「影山、じゃなかったっけ?」
「え、飛雄ちゃん?!」

びっくりしてその名を出すと、その勢いにみんな驚いているようだった。すみません、と小さく頭を下げながら詳細を聞くと、実力者ゆえに他校の生徒が恐れに恐れてその異名をつけたそうだ。

「…なるほど。」

確かに影山飛雄という男は、私が知っている人物のなかで“天才”という言葉が一番似合う人物だと思う。基礎能力や体力はもちろんのこと、セッターとしての素質は素人目で見てもすごいものなんだとわかる。繊細なコントロールと、試合後半でも決して衰えない精度。
毎回、完璧なトスをスパイカーに向かって上げる。そんな飛雄を見て、初めて恐いと思ったのはいつだったか。恐いと思ったのは本当に私だったのか、それとも“彼”だったのか。今となってはそんなこと覚えているはずもなかった。

「そういえば遠藤ちゃんは北一出身なんだもんな。後輩の試合見にくるのは当たり前か」
「はい、一個下の後輩は特に可愛がってた、ので……」

その時、ピーーーッと試合開始の音が鳴る。
菅原先輩と田中が影山について話す声が聞こえたけど、私はいつの間にか試合にのめり込んでしまっていた。

逞しくなった後輩たちを誇らしく思う。しかし暫くして気づいたのは、チームの雰囲気の悪さだった。連携の取れていない感じ。少しずつ、少しずつ、それが顕著に現れていくようだった。その、拗れた歯車の中心に影山飛雄がいること。信じ難いことだけど、多分私の予想は当たっていた。

「やっぱすげぇな、影山。トスの正確さがむしろ恐ぇ」
「あれは…対戦相手となると脅威だな」
「それにしても相手…雪ヶ丘?なんか初心者の寄せ集めって感じっすね」

それは私も思っていた。きっとチームメンバーみんなも感じていると思う。
それでも、飛雄は油断なんて一ミリもしていない顔をしていた。

少しずつ、溜まっていく。飛雄の焦りも、勇太郎のイライラも、英ちゃんの不満も、他のメンバーのぎこちなさも。積もりに積もったそれが一番最初に爆発したのは飛雄だったようだ。正確な言葉は聞き取ることができないけれど、チームメンバーに対して捲し上げる様子が伺えた。

「…飛雄」

結果、北川第一はセットポイント2-0で雪ヶ丘に勝利した。だけど、後味の悪さを存分に残した試合だった。


「すーげぇ跳んでたっすね!チビの1番!」
「なんか雪ヶ丘に感情移入しちゃったよなあ」
「来年は、面白くなりそうだな」

田中と先輩たちは口々にそんなことを言っていた。チビの1番…相手の子か。そんなにいうほど跳んでいたのだろうか。

私の目には、ぽつりと佇む飛雄の姿と、それを蔑むように見つめる部員の姿しか映らなかった。おめでとう、という言葉は相応しくない気がした。ちゃんとしなさい!と叱れたら良かったのだろうか。私は先輩として、彼らに、飛雄に、どんな言葉を掛けたら良いのだろうか。

なんで私が、泣いているのだろうか。


「遠藤ちゃん?」

さあ帰ろうかという空気の中、立ち上がらないままの私を心配した菅原先輩が声を掛けてくれた。だけど、ぐちゃぐちゃになったこんな顔を晒すわけにはいかない。

「私もう一試合見て帰るので、」
「…そっか、あんまり遅くなんないように!」

顔は、最後まで上げることができなかった。いつの間にか次の試合が始まったコートでは、また一つ、別の物語が始まろうとしている。

結局私は、後輩たちに何も言えないまま、逃げるように家に帰宅した。
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