『キーホルダー、拾ってくれてありがとう。お気に入りだから助かりました。』

そんな先輩からのメッセージに心が躍った日から早くも一週間が過ぎた。バタバタと授業と自主練とインターンを続けているうちに、あっという間に時間は流れていく。
先輩からのメッセージに対しては一言二言を返信しただけで、その後会話が続くことはなかった。

一時期のような気まずい雰囲気はないものの、今でも他愛もない会話をするほどの距離感は取り戻せていない。俺が望んでいたのはこういうことじゃないとわかっているのに、行動に移すことができなかった。怖いのだ、拒絶されるのが。


「よっしゃ、鍋だ〜!」
「買い出しと材料調達に分かれるか!」

冬休み目前の今日、俺たち1年A組は鍋パーティーをすることになっている。少しの娯楽を、というところで相澤先生も許可をくれたようだった。
材料調達を無事終えて、買い出し組の帰りを待っているとエリちゃんを連れた相澤先生がやってきてその場はより賑やかになる。

「今日は通形先輩はいないんですか?」
「あぁ、三年も今日はクラス会だそうだ」

どこからともなく飛んできたクラスメイトからの問いかけに相澤先生は答える。もしかしたらみょうじ先輩も、自分のクラスでこんな風に楽しんでいるんだろうか。彼女が笑っていることを想像したらふと心が解れて、どうかそうであってほしいと思った。

「轟くんは楽しいことでもあったのか」
「……いや、顔に出てたか?」
「あぁ。とても嬉しそうな顔をしていたぞ」
「そうか……。ちょっと…、想像してた」

不思議そうに首を傾けた飯田になんでもないよと応えながら、買い出し組が帰ってきてより賑やかになった共有スペースに足を踏み入れた。


いつの間にかB組の面々もやってきて、どっちの鍋がうまいかなんていう対決が繰り広げられる。俺としてはどっちもうまいからそれで良いんじゃないかと思ったが、どうもそういうことではないらしい。「轟は黙ってて!」と血相を変えた砂藤などが声を荒げたので、俺は大人しくよそって貰った胡麻豆乳鍋の白菜にかじりついた。

「そういや、あの先輩さー…」
「あの先輩?」
「なまえさんだっけ、あの、波動先輩たちと仲良い普通科の先輩」

少し離れた席に腰掛けていた上鳴の声にピクリと耳が反応するのがわかる。

「あの先輩、聞いた話によると元ヒーロー科らしいんだよな。あんなクールビューティーな先輩いたら最高だったくね!?」
「確かに…波動先輩はどちらかというと可愛い系だしな」
「…クールビューティー、そしていて強い…ぐふ」

「それ、どういうことだ?」

いつの間にか目の前に立っていた轟の表情がこわばっていることに気づいた面々はヒィ、と声を漏らす。当の本人はあの先輩がヒーロー科?ヒーローを目指していたということか?どういうことだ?と頭の整理がつかないまま言葉だけがぐるぐると渦巻いていた。

「ま、まぁ座れって」
「……おう」

宥めるように轟の背中を叩いた上鳴が隣に座るように促す。それに従うように峰田が轟のスペースを開けると、そのままそこに腰掛けた。
突き放されたままの距離を思い出してまたズキンと胸が痛む。でも、もしかしたらどこかに糸口が見つかるかもしれない。先輩が何かに困っているなら手を差し伸べてやりたいし、自分にできることがあればなんでもしたい。

「俺も噂くらいにしか聞いてないから、本当かどうかはわからないからな!」

保険を掛けるように前置きをした上鳴は、言いずらそうに口を開いた。


◇◇◇



「なまえちゃん!なまえちゃん!!!」

ダメだよねじれちゃん、ヒーロー活動中なんだから名前で呼んだら…。ちゃんとヒーロー名で呼んでよね?それにしてもねじれちゃんはねじれちゃんっていうヒーロー名なのちょっとお得な気がしていいな。絶対に老若男女から愛されるヒーローになると思う。
あれ、なんでそんなに泣きそうな顔をしてるの…?

パッと画面が切り替わり、今度私が立っていたのは冷たくて暗い廊下だった。

「イレイザー、彼女はもう…」
「なんとかならないものかね」

相澤先生と、リカバリーガール先生、それに病院の先生。みんな苦い顔をして眉間に皺を寄せたいた。

「彼女はもう、ヒーロー活動はできないよ」


寝苦しさを感じて飛び起きると、全身汗だくだった。ヒューヒューと喉から異音がして腰を折ると、肺がずきりと痛む。ゆっくりと深呼吸を繰り返すと、どくどくと煩かった心臓もやっと落ち着きを取り戻した。

「……嫌な夢。」

右胸を摩りながら時計を確認すると、時刻は午前5時を指していた。これはもう眠れないなと身体を起こすと、厳しい冬の冷たい空気が肌を刺す。
最近ヒーロー科との関わりが増えていたから思い出したんだろうか。もうヒーローに未練なんかなかったはずなのにと彼女は考え込む。

当時ヒーロー科1年A組だったみょうじなまえは、ちょうど今のような厳しい冬の時期、ヒーロー生命を絶たれた。
波動と同じ事務所でインターン活動をしていた彼女は、学校でも学外でも優秀だと評判だった。そのクールそうな見た目とは裏腹にコミュニケーション能力は高く、特に被災地などで被災者を安心させる力は飛び抜けていた。それは、彼女の人を慮る気持ちが強いという確固たる証拠。

いつものように街のパトロールをしていたある日、その日は雪が降る寒い日だった。
たまたま目に入った路地裏で、小さい女の子が蹲っているのが見えた。迷子かもしれないと考えた彼女は、一緒に回っていた波動とサイドキックに軽く声をかけると、近づいてその子に向かって声を掛ける。そこに現れたのは、マスクを被った男性だった。女の子は震えながらみょうじの後ろに身を隠し、男性は愉快そうに笑いながらこちらに近づいてくる。

「あなたは何者?ここで何をしているの?」
「アァ?俺はそいつの保護者だ。こっちへ返せよ」
「それを証明できるものはありますか?」

虐待か、何か。とにかく怯えているこの少女を見てその言葉を鵜呑みにできるはずがなかった。
大丈夫だよと彼女の頭を撫でながら、目の前の男から目を逸らさない。

「生意気な女だな!」

一瞬だった。当時は全く解明されていなかったトリガーを使った男は巨大化した刃物を思い切り彼女に振り翳し、その鋭い先端は彼女の右胸に突き刺さった。
敵がひとしきり暴れまわる間、彼女は意識が朦朧とし始めてもなお少女を守り続けた。おそらく初めてトリガーを使用したのだろう、意識を取り戻した敵は血の海と化した現場を恐ろしく思って逃げ出した。


「なまえちゃん!なまえちゃん!!!目覚まして…!」

帰りが遅いと心配した彼女の仲間たちが駆けつけて目撃したのは、大声を上げて泣き叫ぶ少女と、自身の血液の中に身を横たえる彼女の姿だった。

修正:20220802

閉ざされた秘密を患う

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