あの日から、先輩とは連絡を取れていなかった。それがずっと胸に引っかかっていて気持ちが悪い。先輩のことを考えてしまうのに、頭に先輩の姿が浮かぶと心が萎んでいくのがわかる。
その度にあぁ、俺はやってしまったんだと、冷たい現実に引き戻されるのだ。

「轟くん、あれからどう?」

緑谷と飯田には、唯一細かく相談をしていた。俺のせいで先輩が嫌な思いをしてしまったかもしれないと報告すると、二人は心配そうに俺の話を聞いてくれた。そのおかげで少しだけ心が楽になったのも事実だけど、現実は変わらない。
目の前の緑谷は、あの日と同じように心配そうに俺を見た。

「あぁ、連絡もとってねぇ。既読もつかない」

そうだ、俺は今、見事に未読スルーされている。謝罪の言葉を述べるのも違う気がして、当たり障りのないメッセージを送っていた。
そういえばあの日から、あのアカウントに一度も動画はアップされていない。もちろん、配信のようなものをしている気配もないのだ。

「…そっか。」
「何か解決策があればいいんだがな…。なにも解決策が思い浮かばなくてすまない。」
「いや、気にすんな。俺が悪いんだし」

悪いのは、俺だ。彼女の触れられたくない箇所に土足で踏み込んだ、俺が悪い。人には知られたくないことの一つや二つあるのではないかと言っていた緑谷の言葉を思い出す。

「でも轟くん、このままでいいの?」

そんなの、よくないに決まっている。このまま先輩と話せないまま、時間だけが過ぎていくのは嫌だ。

「だけど、どうしたらいいのか…」
「素直に謝ってみるのはどうかな。直接話せなくても、本当はメッセージ見ているかも」
「確かに、通知には表示されるだろうしな」
「そうか……」

正直、八方塞がりだ。可能性があるのであれば、全てやってみるしかない。


相変わらず、この広い雄英高校でみょうじ先輩とたまたま会える機会は無に等しい。にも関わらず、今目の前に会いたかった彼女がいた。神様はもしかしたら俺の味方なのかもしれない。
久しぶりに見た彼女は相変わらず魅力的で、目が離せなくなってしまう。

「…」

あ、こっち見た。彼女のまっすぐな髪の毛が肩を滑り落ちて、視線が交わる。あぁ、話しかけたい。
そう一歩を踏み出した時、みょうじ先輩は素早く俺から視線を外した。隣にいた女性と慌てて会話を始めたようにも見える。やはり、わざとだろうか。わざと俺を避けているのだろうか。

会わないように、連絡をしないように。それほどまでに、嫌われているということだろうか。

そこにいるのに。走っていって手を掴めば確実に会話ができるのに。それでも小さい俺の心は、それを行動に移そうとしない。怖いのだ。全くわからない彼女の気持ちを知るのが、とてつもなく恐ろしかった。


「やっぱり今夜、ちゃんと謝ってみようと思う」
「……うん、応援してるよ」

一部始終を見ていたであろう緑谷は、また寂しそうに眉を下げて笑った。


部屋に戻った俺は、スマホを握りしめていた。彼女のトークが開かれたままの画面には、相変わらず既読がつかないままのメッセージ。これを、どうするべきか。「すみません」も違う気がする。だけど、それ以外の言葉が見つからない。彼女の気持ちが、全くわからない。

考えれば考えるほどドツボにハマっていって、思考が鈍る。結局彼女に送るべき言葉が見つからないまま、夜は更けていった。


そこからまた数日が経った。何日経っても先輩からの返信があるどころか、既読というマークがつくこともなかった。俺も、彼女のことを話題に出さなくなっていった。それを察したのか周りもその話をしてくることが減り、俺の生活の中からどんどん彼女が遠くなっていった。
それでもふと、思い出すことがある。その度に胸が締め付けられる感覚がして、途轍もない焦りに襲われた。やらなければならないことがあるはずなのに、それをずっと無視しているような気分。理由は分かっているのに、俺は行動に移すことができなかった。

「あ、れ…」

先生に呼び出されて、職員室からクラスメイトがいるTDLまで移動している途中、彼女の香りがした。香水か何かをつけているのか、洗濯物の匂いなのかはわからないけれど、安心するような。本能的に好きな香りを彼女は纏っていた。

そして廊下に落ちていたのは、見たことのあるキーホルダー。
それは紛れもなく、彼女が持っていたケースについていたものだった。布地でできた入れ物のようなもの。それを彼女はいつも持ち歩いていて、そのシンプルな見た目に反して大きめのキーホルダーがついているのが印象的だった。絶対に彼女のものだ。そう確信して落ちているそれを手に取ると、何故か心臓が軋んだ。

まだ彼女が近くにいるだろうか。気づけば走り出していた。

「みょうじ……、…なまえ先輩!」
「…轟、くん?」

身体が勝手に動いて、目に入ったその腕を掴む。どうしても、届いて欲しかった。顔を見たくて、声を聞きたくて、話が聞きたくて。

「これ、落ちてました。」
「え、あ、…ありがとう。気がつかなかった」

片手を差し出した先輩の手のひらに、例のキーホルダーを乗せる。ぎゅっとそれを握りしめた先輩は、俺を見てぎこちなく笑った。あぁ、違う。心がまた冷えていくのがわかる。少しの期待をはらんで名前を呼んだものの、もう元には戻れないということを痛感させられただけだった。

「…じゃあ、また。」

くるり、と先輩に背を向ける。笑って欲しかった。柔らかい笑顔が見たかった。話が、したかった。それは全部叶わないまま、俺は先輩から遠ざかっていく。恋愛っていうものは難しいんだな。
何もかもうまくいかないまま、時間だけが過ぎていった。

修正:20220802

僕と世界の落とし物

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