「だからもしかしたら、ヒーロー科と関わると本当は辛ぇのかもしれないよな」

昨晩のことを思い出す。クラスで行われた鍋パーティーの中で耳にした内容は、とても一晩で消化できるような内容ではなかった。あの先輩が元ヒーロー科で、一年でその道を絶たれ、もう2度と戦えない身体になってしまっているだなんて。
本当はヒーローになりたかったはずなのに道半ばでそれが途絶えて、苦しいし悔しいに決まっている。もし自分がその立場になったらと思うと胸が締め付けられた。

そしてその上で出た上鳴の言葉は、本当にそうだと思う。俺たちどころか、波動先輩や通形先輩たちと一緒にいる時も、本当は苦しいんじゃないか。だとすれば、俺に何ができるんだ。救いたいとか力になりたいとか言って、俺自身の存在が彼女をより苦しめているんじゃないか。
でも、それでも…、聞いてみないとわからないじゃないか。俺はまだ、諦めたくなかった。

「轟くんが珍しく百面相だ」
「まぁ、イケメンは悩んでてもイケメンだよね」

クラスメイトが窓の外を見つめる轟を評論家のように話題の対象にしていたことなど露知らず、本人は決意を固める段階に入っていた。轟焦凍という男は、決めたらなかなかに頑固な性分なのだ。


『お久しぶりです。いろいろ落ち着いたので23:23より生配信をします』

某動画サイトの通知が目に入ると、轟は慌てて身支度を済ませた。しっかりと目に焼き付けるため。少しでも彼女に近づける素材を見つけるため。あとは、長らく聞けていない彼女の明るい声を聴きたかったからだ。好きなものについて饒舌に語る時のワントーン上がる声が好きだから。


「こんばんは、コメットです」

予定の時間ぴったりに、画面は生配信に切り替わった。相変わらずスッと胸に入り込むその声は、聞いただけで轟の熱を高めていく。やっぱり好きだ、彼女のことが。

期待していた通り、はるか遠くにある惑星のことを淡々と語る彼女。普段対面で会話する時のあまり抑揚のない声ではなく、好きなものを楽しそうに語る少しだけ子供っぽさを感じさせるような喋り方。これが聞きたかったのだと興奮気味に頷くと、イヤフォンに切り替えてそれを堪能した。

いつの間にか彼女の独壇場トークが終わり、コメントの返信などを行なっている。

「えっと、金太郎さん。…後悔していることはありますか、うーん、ありますよ」

ピクリ、心地よさから襲ってきた眠気を一瞬で吹き飛ばしてしまう内容の質問に彼は身構えた。どう答えるんだ、何がくるんだ、先ほどまで横たわっていた身体を起こしてその先の言葉を待った。

「……ずっと、目指しているものがありました。だけどその道はある理由ですごく簡単に途絶えてしまって。本当はきっと、もっと、がむしゃらに走る道もあったと思うんです。でも私は、それを、……しませんでした」

顔は見えない、でも声が震えていた。素人の耳にでもわかるほど、痛みが滲んでいた。

「きっと助けてくれる人も、環境も、ありました。私は恵まれていたんです。…でも、目を逸らしました。見えていた道と逆に進みました。……後悔、しています。今も今で幸せだけど、あの時、…差し伸べてくれていたたくさんの手を、どれか一つでも握れていたらって…」

ぽろぽろと涙を流す彼女が想像できて、今すぐ抱き締めたくなった。しかし画面越しの彼女にそんなことができるわけも、今から三年の寮まで駆け出して呼び出すことも轟にはできない。グッと堪えて、彼女の言葉を噛み締めた。
手を、握りたかった。それは今でも変わりませんか?今からでも、遅くありませんか?
だとしたら俺は、あなたに何度でも手を差し伸べたい。

次に聞こえた彼女の声はもう震えていなかった。いつもの淡々とした、あまり抑揚のない真っ直ぐな声だった。


一つだけ見つけた彼女とを繋ぐ糸。細くて、色すらまともに見えないほどのその糸をそっと手繰り寄せる。
絶対に、俺があなたの手を掴んでみせる。

決意を胸にした轟は、彼女の心地良い声に耳を傾けながら再び横たわった。そうと決まれば話は早い。もう一度言うが、彼はなかなかに頑固な性格をしていた。決めたことはよっぽどのことがない限り曲げることはない。そして、いざという時の行動力は計り知れない。

頭をフル回転させた轟の、極秘任務が始まろうとしていた。


◇◇◇



『次の休み、出掛けませんか』

轟がそんなメッセージを彼女に送ったのは、生配信が終わってすぐだった。既読がつかないスマートフォンをついて眠りについた轟は、次の日の朝通知を見て目を丸くした。

『いいよ。』

まさか、肯定の返事をもらえるとは思わなかったのだ。バッサリ断られるか、遠回しに断られるかのどちらかかと思っていた。寝ぼけ眼で見つめていたその表情は次第に緩んでいく。そのまま朝食を食べに降りると、緑谷にいいことあったのと首を傾けられた。

「デートだ」
「デート!?」
「と、轟?!」

朝食を頬張りながら尋ねられたことに対して返答をすると、周りにいた多くの人がこちらを見た。

「…なんか変なこと言ったか?」
「デートって……なんだよ、リア充かよ!」
「うるさいわ、峰田ちゃん。」

デートにこじつけたからといって、轟にはもう一つミッションがあった。それは、彼女を楽しませ、彼女のことをしっかり知るために必要不可欠なこと。それは……。

「蛙吹、麗日。デートってどこに行けばいいんだ?」
「「え?/ケロ…?」」

修正:20220802

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