あれから先輩とは1日数回のやりとりを続けていたものの、飯を食べたり会ったりする機会は全くなかった。同じ学校に通っているのだから、すれ違いの一つや二つあっても良いのではないかと思ったが、さすが雄英だ。この広さではたまたま会うどころかすれ違うことすらなかった。


一緒に昼食を食べてから二週間が経った頃。

「あ、あれって…」
「お、」

移動教室のために歩いていた俺と緑谷の前にいたのは、みょうじ先輩だった。
しかし、隣にいたのは知らない男。天喰先輩でも、ヒーロー科の顔見知りの先輩でもないようだった。
会話内容は聞こえないけれど、仲睦まじそうに話をしながら歩いている。

「話しかけなくていいの?そういえば、ずっと会ってないって言ってたよね」
「…あぁ」
「きっと、ただのクラスメイトだよ。多分。僕たちが知らない先輩なだけだよ」
「……そう、だよな」

肩が触れ合ってしまいそうな距離で横に並んで歩く姿は、まるで付き合っているカップルのようだった。もしかしたら、そうなのかも知れない。
俺だけが勝手に先輩は本心を吐き出す場所が無くて、俺がそんな存在になれれば良いと思っていた。だけど本当は、みょうじ先輩にはいざという時に助けてくれる人も、心の拠り所にしたいと思っている人も既にいるのかもしれない。
そう思うと、視線がどうしても足元に落ちた。

いつの間にか、先輩たちは俺の視界から居なくなっていた。やはり、同じクラスなのだろうか。それとも恋人同士なのだろうか。先輩はあの人の隣に居ることが幸せ、なのだろうか。

「轟くん?」
「なんでもない、急がないと授業遅れちまうな」

ここ数日、ずっと心が浮ついていた気がする。
それでも今この瞬間、俺は氷水をぶっかけられたかのようにハッとして、冷静に物事を見ていた。


は、と冷静になったあの瞬間から、俺は日常を取り戻した気がする。
どこかに飛んでいってしまいそうな気分だったのに、地に足がついたような感覚。

それなのに、彼女からの一通の連絡によって、俺の心は急浮上することになるから大変だ。

『明日、もしよかったら一緒にご飯を食べませんか?』

先輩に少しでも近づきたくて勉強した、天文学の会話がきっかけだった。流星群を見たことがないと伝えると、様々なことを教えてくれた。そこから会話が盛り上がった結果、先輩から飯に誘われることに繋がったのだ。

彼女には恋人がいる。
そう思っても、彼女からの誘いは嬉しくて堪らなかった。いっそ、仲の良い後輩にでもなれれば良い。そう心に誓って了承の返事を送った。


◇◇◇



2回目の昼食。
1度目も今までにないくらい緊張していたが、今回はそれよりももっと心臓の音がうるさかった。学食の前で待ち合わせをしていると、遅くなってごめんねと同じように少し駆け足でこちらに駆け寄ってくる。

あぁ、可愛い。
小柄なみょうじ先輩は、俺の元までやってくると少し目線を上げて俺を見る。見つめたまま動けずにいる俺を見て不思議そうに首を傾けるその姿まで可愛らしい。

「どうかした?」
「…いや、なんでも。行きましょう」

やっと動き出した俺を見てふんわりと笑う。まるで花が咲いたかのように、心が温かくなった。


いつものように蕎麦を啜りながら、みょうじ先輩の解説を聞いていた。
好きなこと(流星群)について語る彼女はキラキラと輝いていて、つい見惚れてしまう。

「私の顔に何かついてる?」
「……いや」
「あんまり見られると恥ずかしいんだけど、」
「あの、あんまり綺麗で」

「…え、」

しまった、と思った。

目の前の彼女は頬を真っ赤に染めていて、気まずそうに左に目を逸らした。
その顔、俺だけに見せてほしい。でも、恋人にはいつもこんな表情を見せているのか。…いや、これよりももっと、俺の知らない表情をあの人は見ているのか。

「ちょっと、あんまり褒めても何も出ないよ?」
「別にいらないです」

「…でも、一つだけ聞いてもいいですか」

俺だけに、教えてほしい。
俺だけが知っている貴方の秘密を、共有して欲しい。
知りたい、もっと、深くまで。

「先輩、動画配信してますか?」


目の前の表情が曇ったのを見て、心底後悔した。
やはり、あれは彼女なのだろう。でも、触れられたくない部分だったのだろう。

「………何それ?してないよ」

沈黙と表情、全てが肯定を隠しきれていなかった。
それでも否定されて仕舞えば、こちらから踏み入れることはできない。俺は、拒絶されたのだと悟った。

「ごめん、ちょっと体調悪いから保健室行くね。」

彼女の好物であるチャーハンは、まだ半分以上残ったままだった。
胸が痛くて、食べた蕎麦が腹の中で重く感じる。それでもきっと、俺より重くて苦しいのは彼女の方だったはずだ。

修正:20220802

悲しみをちぎって食べる月曜日

| back |
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -