やっぱり俺はどうも浮かれていた。みょうじ先輩と初めてしっかりと話した今日は、なんだか特別な1日になった。ふわふわと浮ついた気分が、ずっと継続している。
先輩と過ごす時間は楽しかった。でも、楽しいという一言だけで済ませてしまうのは、少し違う気がしたのだ。

「で、どうだったん、轟はさー!」
「…あぁ、楽しかった」

寮の共有スペースで、数人のクラスメイトに囲まれる。今日あったことを素直に話すと、その場はみるみるうちに色めき立っていった。
女子たちはきゃっきゃと声をあげ、男子は苛立っていたり、笑っていたり様々だった。

なんか、楽しいな。


「幸せそうだね、轟くん」
「そう見えるか?」
「うん、なんか、優しい笑い方してるよ」

「…そうか。よくわかんねぇけど、でも、幸せなんだと思う」

みょうじ先輩の声を思い出す。目の前で好きなものの話をする彼女を想像しただけで、今すぐにでもその声を聞きたくなってしまう。
俺の話を聞いて、優しく頷いてくれるところも、程良いタイミングで質問を挟んでくれるところも、全てが心地よかった。そして綺麗だった。

この人のことを、もっと知りたい。ただ、それだけだった。


一通り盛り俺の話題で上がった共有スペースも、人がまばらになってくる。
明日も早いからと自室に戻ると、スマホのディスプレイが光っているのが見えた。

『突然ですが、午前1時38分から生配信します。』

昨日、思わず彼女の動画サイトの通知を取ったものだった。
それが本当にみょうじ先輩かどうかはわからないままだが、確かに自分の求めている声に近いそれを見逃すわけにはいかなかった。先輩の代わりだとしても、その声を求めている。

現在の時刻は23:32。配信開始まであと2時間程度ある。明日も授業があるが、できるだけ起きてみよう。眠気を紛らわせるために、参考書を広げた。


◇◇◇



眠気に取り込まれそうになってしまって、慌てて顔を上げる。流石に深夜1時ともなるとハードなヒーロー科には厳しいようで、時折とてつもない眠気が襲いかかってくる。
それでも、彼女の声を聞きたかった。その声の主が、あの先輩であるという証拠を探したくて。

部屋の時計は1:35を指していた。
昨日検索で導き出したそのアカウントをスマホで表示したまま、残りの時間待機する。

彼女は、また俺とご飯を食べてくれると言った。見ず知らずの後輩に付き合ってくれて、話しやすいように話を振って考慮してくれて。それが先輩として当たり前の振る舞いだと言われて仕舞えばそれまでだが、少しだけこの先を期待してしまうような時間だった。

「こんばんは、コメットです。」

暗かった画面がパッと切り替わる。相変わらず、画面には女性の胸から下だけが映し出されていた。シンプルな黒のニット。それでも毛玉がない清潔感のあるそれに、俺の胸は高鳴った。


「突然生配信してしまってすみません。…なんか、話したい気分で。」

「今日は全く宇宙とか天文学に関係ない雑談です。」

「私は普段、人と話すのが苦手なんですけど。今日、初めての人と二人きりでお話しする機会があって。…」

「だけど、なんとなく私が話さなきゃっていう状況だったから話題振ったりとか、率先的に話をしたりとかしたんです。それで、”私って意外とおしゃべりなのかも”って思ったんですよ。話すの、案外楽しいって気づきました」


一見当たり障りのない、どこにでも転がっていそうな世間話。それでも、俺にはそれが、今日の昼の出来事に感じられて仕方がなかった。
宇宙や天文に関係のない話をする声は前に見た動画よりも穏やかな声で、それでいて少し高めだ。それはもう、確実に、彼女のものだろうという考えが革新に近づく。


今日、初めての後輩と二人きりで話をした。
感情表現があまり無い俺のために、話題を振って話しかけてくれた。
思っていたより、自分の話をしてくれた。
普段は自分から話題を振ったりしないけれど、そんな自分が新鮮で、案外楽しかった。

…きっと彼女は、彼女なのだろう。


「今日もご視聴ありがとうございました。また次回お会いしましょう」


その後30分にわたって、彼女は【会話】について語っていた。人の気持ちを考えながら話題を振るのは難しい。自分の一言で相手を不快にさせたり傷つけてしまったらどうしよう、と考える。と。
彼女の会話についての悩みを吐露し、それに対してコメントで解決策などを募集するだけの生配信。

それでも俺は、彼女を少しだけ知れた気がして嬉しかったのだ。…だけど、


「…もっと知りてぇな」

この雄英の中で、彼女が動画配信を知っている人物はいるのだろうか。もしかしたら、俺だけなのだろうか。

身近な人に、その悩みを吐き出せはしないのだろうか。彼女は、辛くないのだろうか。
顔も知らない、名前も知らない、そんな人々に対して語りかけて。レスポンスはさまざまだろう。だとしたら、俺が傍にいてその話に耳を傾けることはできないのだろうか。

深夜2:04、俺はまた、彼女に一つハマってしまった。

修正:20220802

花冷えの夜半

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