先週の水曜日、彼女を抱き締めてしまったあの日から、少しだけギクシャクしている気がする。避けられている、とまでは行かないけれど、少し距離を置かれてしまっている気がする。気持ちはバレている可能性が高いとはいえ、告白よりも先に手を出してしまったのだから、もしかしたら嫌われてしまったかもしれない。
そんなことに怯える気持ちを引き締める。しかし、メッセージの返信がないわけでもないし、通話だって誘えば応えてくれて、そこで何か距離を感じることはない。

ただ、すれ違って声を掛けると焦ったように目を逸らされてしまうのだ。

「やっぱまずかったかな」
「何かあったの?みょうじ先輩と」
「…あぁ、ちょっと、な」
「そっか…。僕はてっきりみょうじ先輩が照れてるし、甘い空気が漂ってたから、二人は付き合い始めたのかと思ってたよ」

一部始終を見ていた緑谷は、不思議だとでも言いたげな表情で告げた。照れてる、…照れてる、のか?

「あれ、照れてる…のか?」
「そんな感じかなあって思ったけど、なんかあったの?」

確かにあの時も頬を赤くしていたし、照れるようなことはしてしまったのかもしれない。嫌だ、と拒否されるような素振りもなかった。考えてみれば、そうなのかもしれない。
ともかく話をしてみなければわからないので、明日はしっかり話をしてみようと心に決めた。


その日の夜、動画サイトの通知が彼女の生配信を知らせた。
配信するのは珍しいなと思いつつ、彼女の声が聞きたくて通知をタップする。あいも変わらず首から下しか映っていない画面だけど、それはもう彼女のものだとわかっている。画面越しに見るみょうじ先輩も、俺は好きだった。

今日の配信は天文学に関するものではなく、恒例となっていた質問コーナー。心地よい声をBGMに、数学の課題に取り組むことにした。しばらくは集中して進めていたものの、ある質問内容のせいで課題を解く手がぴたりと止まる。

『えー、次ですね。"恋はしていますか?絶対にお綺麗な方ですよね"…ふふ、ありがとうございます』

みょうじ先輩が綺麗な人ってことは俺が一番よく知っている。姿も形も知らないコメントの主に少しばかり対抗心を燃やしながら、気になる質問の回答を固唾を飲んで見守った。

『恋、ね……してると思いますよ。』
『初めてなんです、こんな気持ちになるの。顔見たらドキドキして上手く話せなくなっちゃって…、すぐその人のことを考えてしまって。これってきっと恋ですよね』

恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに、彼女は語った。なぁ、これは期待しちまうけど。

『なんだか自分が自分じゃないみたいで、夢を…見てるみたいで。でもね、伝えたいなって思うんです、私の気持ち。』

"伝えたい"…?
それは、そういうことだろうか。待っていて、の続きが聞けるのだろうか。ちょっとだけ上擦ったみょうじ先輩の声を聞いたら、居てもたってもいられなくなってしまった。

消灯時間はとうに過ぎてしまっている。もしもバレたら相澤先生に怒られるかな。それでも衝動を抑えられず、スマホを引っつかんで部屋を出た。寮の前で待っているという旨のメッセージは彼女に届いただろうか、画面越しでどんな顔をしていたのだろうか。


初めてやってきた3年生の寮が立ち並ぶエリア。そこの3つ目、3-Cの寮の前で立ち止まる。

「…せん、ぱい?」
「遅かったじゃん」

暗がりの中でほんのり光る街灯に照らされている彼女は、俺の姿を見つけると愉しそうな笑みを浮かべる。悪戯を仕掛ける子供のようなその表情は少し幼く見えて、胸が締め付けられた。

「危ないだろ、こんな時間に外にいたら」
「急に来るって言ったのは君でしょ」
「……だって、」

会いたかったから。
出そうと思っていた言葉は口から出ることはなく、自分が息を呑む音だけが聞こえる。一歩、近づいた彼女が俺の身体を包むように抱き締めたから。

「来てくれてありがとう」
「…え、」
「聞いてくれるかな、このまま」

この間抱きしめてしまった時は座っていたから、こうやって触れると小せぇんだな…。と、呑気なことを考えていないと、心臓の音が相手に聞こえてしまいそうだった。顔が熱い、こんなのは初めてで、誤魔化すようにそっと腕を背中に回す。
先輩は、気持ちいつもよりも少し高いその声で、ぽつりぽつりと語り始めた。

「わたし、轟くんのことが気になってる、と思う」
「…」
「嬉しかったの。心配してくれて、話を聞いてくれて。できることはなんでもしたいって言ってくれて。私はもう、夢を諦めた身だから。だけど、轟くんと仲良くなって、色々話をして……それでまた、やりたいことを見つけられたと思うの」
「…ほんとか?」

肩を掴んでその表情を見つめると、俺の行動に驚いたのかまあるい目を見開いてこちらを見上げる。かわいい、キスしてぇ…。とは言ってもその行動が空気読めてないのは理解しているので、グッと堪えて見つめ返す。

「本当。轟くんのおかげ。それでね、あの…、私、轟くんと、一緒にいたいなって思ってます」
「一緒に、」
「これから先の話をしたり、卒業しても会ったりしたいのは、君だなって…」

恥ずかしそうに目線を逸らしたあたり、本心を話してくれているのは明確だった。

「つまり、」
「つまり……えっと、轟くんのことが好き、です」

かあ、と恥ずかしそう頬を染めるみょうじ先輩が可愛くて仕方なかった。ぎゅっと腕の中に閉じ込めると、小さく驚きの声が漏れる。愛おしくて堪らないと思う。彼女の夢の話も、これからの話も聞きたいけど、今はまず、この愛おしさが溢れて止まらなかった。

「俺も好きだ、みょうじ先輩のことが好きです。」
「…うん、」
「やりたいこと、応援したい。俺が一番近くで支えたい。…だめ、か?」
「ダメじゃないよ、とっても嬉しい」

さらりと彼女の長い髪が手に触れて、そのまま指先に絡めると心地良さそうに目を細めた。初めて見るその表情も、サラサラの髪も、華奢な身体も、これからは全部、俺のもの、なのか……。そう思うと腹の底から熱が湧き上がってくる感覚がして、もう一度しっかりとその背に腕を回す。

「……好きだ、」
「うん、私も」
「大好き…です」
「……ふふ、うん。」

もう少し、もう少しと強請りながら彼女を抱き締め続けた。バレたらどうなってしまうだろうという考えは、正直一切頭になかった。

そんな俺たちを見守るのは、やけに広い土地のせいで綺麗に見える星たちだけ。きっと、この先の未来もずっと見守ってくれているよという彼女の表情は柔らかかった。柄でもなく満点の星空に願ってみたりする。彼女の未来が幸せなものでありますように、そしてその隣には俺がいますように、と。

この宇宙を抱きしめて

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