その証拠に、彼女との連絡頻度は以前よりも増えていた。
二人で出掛ける以前に感じていた気まずさや距離感もあまり感じられない…と、思う。
「轟は結局どうなん、あの先輩」
「……上鳴、」
「実際のところお前はイケメンだし、あの先輩は美人だし、お似合いだよなあ」
授業終わりの男子更衣室。コスチュームから制服に着替えているところで話しかけてきたのは上鳴だった。
先輩の過去については彼から聞いたこともあるし、好きになった初めの方から相談に乗ってもらっていた。
「別に、悪くはないと、思う…」
「へえ?時間の問題ってやつか。羨まし!」
時間の問題。そうなのだろうか。
彼女は確かに、少し待ってほしいと言っていた。拒絶ではなくて、待っていてほしい、と。だとすれば上鳴の言う通り本当に時間の問題なのかもしれない。それでも俺はもうすでに彼女の声が聞きたくて、今すぐにでも彼女に触れたいと思ってしまう。
「お待たせ」
「全然、」
「今日はさ、別のところで食べない?いいところがあるのっ」
関係は悪くない、と答えた理由がこれだ。
彼女の四限目が移動教室でない火曜日と水曜日は、こうして二人で昼食を共にしている。普段は食堂で各々好きなものを頼んで食べるのだが、今日はみょうじ先輩から別の場所で食べようと誘われた。
同意の意を込めて一つ頷くと、彼女の手が俺の左手を掴む。触れたい触れたいと考えていたものの、いざ彼女から触れられると心臓が鳴って、やけに意識してしまって大変だった。
「ここね、穴場なんだよね。ゆっくりしたいなと思ってさ」
腕を引かれるまま購買でそれぞれおにぎりとパンを買い、連れてこられたのは存在すら知らなかった中庭だった。草が伸びているあたり、こまめに手入れがされるような場所ではないのだろう。木漏れ日が差すそこに足を踏み入れると、なんとなく時間が他の場所よりもゆっくり流れているように感じた。
かろうじてある植え込みの煉瓦に腰掛けた彼女に続き、一人分のスペースを開けて隣に座った。
今の俺たちの関係は、どっちつかず、だと思う。もう一歩、あと一歩が足りない。
「みょうじ先輩、は」
「……うん?」
「今、楽しいですか」
授業の話、クラスでの出来事、昨日の天体観測について。彼女が話す内容はどれも興味深いし聞いていたいと思う。何より面白いこと、好きなことについて話す彼女の表情は明るくてずっと見ていたくなる。それでも、
「…楽しいよ。」
「本当に?」
「本当だよ、どうしたのっ…」
それが本心ではないことはすぐにわかった。一瞬泣いてしまうんじゃないかと思うほど、彼女の瞳はゆらりと揺れたのだ。
手を伸ばせば届くはずなのに、目の前にいるみょうじ先輩は今にも消えてしまいそうだった。噛み締めたその唇は紅く染まっていて、無性に欲が掻き立てられる。俺に、今の俺に、できることはないか。
「っ…え、」
気づけば今にも消えてしまいそうな彼女に手を伸ばして、胸の中に閉じ込めていた。すぐ近くで困惑した声が漏れるのがわかったけれど、抱き締めた途端みょうじ先輩の甘い香りが鼻を掠めて心臓が煩い。触れた身体は思っていたよりもずっと華奢で、少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだと思った。
「俺にできることがあれば、なんでもしてぇ」
「と、轟くん…?」
丁寧に、慎重に。頭ではわかっているのに、この手を離したくなくて力が篭る。
「俺じゃ、ダメですか」
あなたの抱えたものを半分持つのも、もうちょっと先の夢を見つける手伝いをするのも、全部、俺じゃダメですか。自分の声が震えているのがわかる。指先が冷たく感じるし、こんなに緊張したのは今までにないんじゃないかと思うくらいだ。
「あ、のッ…えっと……」
「時間、か」
やんわり身体が離されると、目の前の彼女は頬を赤く染めていた。…なんだそれ、可愛い。
何かを言いずらそうに視線を左右に動かすけれど、予冷が鳴ってその先を聞くことはできなかった。
一人で教室までの廊下を歩きながら、どくどくと音を立てる心臓に手を当てる。確かにこの手で、彼女に触れてしまった。抱き締めてしまった。自分の気持ちよりも行動が先走ってしまったという事実。やってしまったと少しの後悔を抱えると共に、あの紅潮したみょうじ先輩の顔を想っては動悸が激しくなるのを抑えられなかった。