チケットだって事前に買っておいてくれて、此方がお金を渡そうとしても頑なに断られてしまった。どちらかといえば口数が少ないタイプだと思っていたから話題をいくつか用意していたけれど、彼から振ってもらってその話が盛り上がるばかり。そう、かなりエスコートして貰っていた。
プラネタリウムから出てやって来たのは近くにある渋めの喫茶店で、そのチョイスが本当の彼らしいのかな?と少しホッとする。
高校生二人が来るには大人っぽすぎるソファ席に腰掛ける。運ばれてきた二つのカフェオレからは、ゆらりと湯気が立っていた。ここまで来て、初めての沈黙の時間。
口を開いたのは私だった。
「……あのね」
「はい」
「私の話、ちょっとだけ聞いてくれる?」
「はい」
轟くんは、喫茶店に入ってから難しそうな顔をしていた。きっと私にこの話を振るべきか悩んでいたんだと思う。私もね、前に進みたいと思うよ。君のおかげで、そう思えたんだよ。どうか少しでも伝わりますようにと願って、私がどうしてねじれちゃんたちと仲が良いのか、普通科にいるのか、どうしてあんなことをしているのかを話し始めた。
「それで、ヒーローは続けられなくなっちゃって。だけどね、移動した普通科でクラスメイトになった人に、別に大切なものは一つじゃ無くてもいいんじゃないのって言われて。」
「…それで、始めたのが動画配信?」
「そう。元々宇宙とか星とか好きな子供だったから、せっかくなら勉強して極めて、新しいことやってみよう!って思ったの。…まさか身近な人に見つけられると思わなかったなあ」
くすりと笑うと、目の前の彼の強張っていた表情もやっと緩んだ。ヒーロー科にいたことに関してはあまり驚いていなかったから、もう既に知っていたのかな。それでも真っ直ぐぶつかって来てくれていたと思うとさらに嬉しくなってしまう。
「声が、好きで。」
いつの間にかゆるりと頬を緩めた轟くんは、どこか慈しむような表情を浮かべる。どきりと胸が鳴ったのを隠すように首を傾けると、柔らかい表情のまま続けた。
「たまたま配信見てて、声が好きだって思って。そしたら学校に同じ声の人がいたから、どうにかして関わりを持とうと…しました。」
「そうだったんだ」
今思えば不自然すぎる出会いだった。全く脈絡のないヒーロー科の一年生から声を掛けられたんだもんな。
それにしても、私だって確証のないまま声を掛けてきたというのだから、轟くんは相当な行動派男子ということになるだろう。
「クラスメイトに色々助けてもらったんだ。緑谷とか、上鳴とか」
「ふふ、そっか。でもいつも声かけてくれてたのは轟くんだったよね。嬉しかったよ」
人伝じゃなくて、しっかり真っ直ぐに。そう考えた時に、いつも彼のことを視界の端で捉えていたのは私だったと気付く。
初めて声を掛けられたのは、ねじれちゃんと一緒にいる時だった。あの時、なんとなくその【感じ】を察していた。胸がザワザワして、少しだけ浮ついてしまうような感覚。揶揄われているのか、本気なのかはわからないけれど、話しかけられた時にこの人のことをもっと知りたいと思った。
『あの、連絡先、交換しませんか。』
あの一言を聞いた時、確かに私心臓は煩くなった。顔を知っている程度の後輩に声をかけられて、びっくりはしたけれど嫌じゃなかった。私は多分あの時から満更ではなくて、なんならちょっと嬉しかったんだ。そこから少しずつ連絡を取るようになった。真っ直ぐ私にぶつかってくる存在が嬉しくて、でも気恥ずかしさもあって。
「どうにかして関わりを持つのに死でした。」
今もこうして、私のことを真っ直ぐ見つめる彼が目の前にいて。きっと待っていてくれている。私の気持ちに、しっかりと寄り添おうとしてくれるのが手に取るようにわかる。
本当は今すぐにでもその手を取りたいという気持ちがあるくせに、臆病になってしまっているのもわかっている。これからもっと大きくなって、理想のヒーローを目指そうとしている彼と、普通科でただ動画配信をしている私。将来に希望ばかりの彼の傍にいるのが私なんて、マイナスになってしまうんじゃないか?そんな漠然とした不安を拭いきれない。
「…俺、みょうじ先輩のこと、」
「待って」
…待って。
彼が私だけを見ているのがわかる。私は、カフェオレのコップの淵から視線を上げることができない。ごめんなさい。今受け止めたら、わからなくなってしまう。
「ごめんなさい、もう少し」
「…わかりました。」
彼の口から溢れたのは、驚くほどに静かな男性の声だった。
修正:20220802