最後を呑み込んでも

月島になまえのバイト先での出来事を聞き、モヤモヤを募らせてから一週間。

なまえと話すタイミングもなければ、俺から話しかけることもできずにいた。そうして気づいたのは、俺から話しかけなければ俺となまえが話す時間はこんなにもないんだということ。家が近いからと言っても登校時間も下校時間も違うし、部活とバイトでこうも時間がズレる。たまたま二人になれたりしないかなと思っても、そういうタイミングはやって来なかった。
そんで、なまえから俺に話しかけることはないんだなという現実を突きつけられる。そんなもんなんだな、やっぱり。この感情がなんなのかわからなくて、原因のわからない怒りに頭を抱えていた。

「スガ、最近調子悪くないか?」

「げ。旭に言われるほど?」

「なんかひどいなぁ…。悩み事?」

今日は話しかけようかなと決意した今日に限って、休み時間は先生に呼び出されたり、弁当忘れて購買に行ったりとバタバタしていて無理だった。結局部活の時間になって、部室で着替えている俺に声を掛けたのは旭だった。まさかそんなことを言われると思っていなくて、眉を下げることしか出来ない。それに、少し話を聞いてほしい気持ちもあったと思う。なまえに対してこんなことを思うのは初めてでどうしたらいいかわからない。正直、お手上げ状態だ。

「旭さぁ、女子に声かけられない〜〜みたいなこと、ある?」

「えぇ、割といつもそう…かな」

「……旭に聞いたのが間違いだったわ」

ひどい!と声を上げた旭の背中をぽんぽん叩いているうちに、笑えてきた。こうやって笑っているほうがずっと楽しい。ゲラゲラ笑うと、なんとなく考えていることも深刻さが薄れてきた。

とりあえず、なまえと話してみたら何か変わるかもしれない。今日はコーチの都合で自主練ができないから、部活はいつもよりも早めに終わる。ちょうどなまえのバイトが終わる時間だから、店の前で待ってみよう。それで、ちゃんと話をしてみよう。決意した俺の心は、驚くほど軽くなった。


* * *



部活終わり。やっぱり自主練がないと少し動き足りない気持ちはあるけど、大人しく着替えて駅へ向かう。
なまえのバイト先の本屋はまだ明かりがついているのが見えたので、ちょっと店の前で待ってみようと思っていた。だけど、その後すぐに店の前のガードレールに凭れ掛かるように立っていた近藤を見つけた俺の身体は固まる。

「…あれって、」

「野球部の近藤。やっぱ付き合ってんのかな」

隣を歩いていた大地もそれに気づいたのか、ぽつりと声を漏らした。
やっぱり、そうなのかもしれない。だとすれば俺がなまえを待っていることは迷惑極まりないし、ただの幼馴染以下の俺はなまえとのモヤモヤを解消する必要なんてないのかもしれない。そもそも、これは勝手に俺が考えを拗らせているだけで、なまえは何とも思っていないことなんだから。

近藤は慣れた調子でスマホをいじっていた。もしかしたら、今日だけじゃなくてずっとこんな風になまえが出てくるのを待っていたのかもしれない。俺が会ったあの日以降も、ああやってなまえのことを送り届けているのかもしれない。俺が部活をしている間に、俺がやりたいことを全部していたのかもしれない。だとしたら、ただの幼馴染以下の俺が出る幕は、きっとどこにもないんだろう。
というか、俺が勝手に護ってやらなきゃとか思っていただけだし。それがただのエゴだっただけだ。

「…今日はラーメン食って帰ろっかな」

「スガ」

「いやぁ、まさかもうそこまで行ってるとはな。なまえに彼氏とかめでたすぎて、俺の母ちゃんも赤飯炊くかも」

大地が焦ったようにこちらを向く。
なんでだ。なんでそんな顔してんの。ていうか、俺もなんで傷ついてませんみたいな顔して笑ってんの。母ちゃんの話まで出しちゃって、動揺してるの丸出しだし。このまま平然とした顔をして本屋の前を通り過ぎれば、ただの部活終わりの烏野生徒だ。幼馴染の彼氏を意識しちゃってる男にはならずに済むだろう。一歩一歩歩いているつもりなのに、どこを歩いているのかわからなくなりそうだった。

「俺もラーメン食おうかな」


気づいたらラーメン屋にいた。いつもの醤油ラーメンを頼んだ後だった。
多分平然とした烏野生徒のまま本屋の前を通りすがって、なまえのことだけを待っている近藤は俺たちのことには気づいていなくて、なまえは俺がいたことすら知らないまま近藤と家に帰ったのだろう。心臓がギシギシと嫌な音を立てているのは、俺だけだろう。

「スガはさ、みょうじさんのことどう思ってんの」

「どうって…」

「なんとも思ってない幼馴染に彼氏ができて、ラーメン食えないほどになんの?」

「…え?」

頼んだばかりだと思っていた醤油ラーメンはいつの間にか目の前にあって、麺が伸びてふやけていた。湯気が立って美味そうな香りがするはずのそれは、ほかほかという表現とはかけ離れた温度をしている。箸すら手に取っていないことに気づいてハッとした。

「……マジ?」

「気づいていなかったことに、マジ?なんだけど」

さすがに溜息が出た。なまえに会ったらなんて言おう。軽い調子であいつと付き合ってんの?なんて笑って言えれば大丈夫だろうか。だけど目の前で恥ずかしそうに頷くなまえを想像したら嫌というほど胸が締め付けられて、これはもう最悪だけど認めざるを得なかった。

「そろそろ自覚しただろ」

「……最悪だよ」

伸び切ったラーメンは、やっぱりいつもよりも不味かった。

こんな形で自分の恋心を自覚するとは思わなかった。いつからだろうか。もしかしたら俺はずっと、なまえのことが好きだったのかもしれない。幼馴染に対して独占欲を抱きまくっている自分に気づいた俺は、明日からどうやって接していけばいいんだろうかと頭を抱えるしかなかった。
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