ふわりゆらり存在しないもの

昨日菅原家から帰宅した私にアニメの続きを見る気力なんてあるはずがなく、早々ベッドに身を放り投げた。顔を横に向けると、綺麗に飾ってある幼い頃の写真たちが私を見ていた。写真の中の私は満面の笑みでピースサインをカメラに向けていて、なんだか虚しくなってくる。

この時のまま元気で明るくて、いろんな人に可愛いともてはやされる生活がずっと続いていれば、今もこんな想いをすることはなかったのだろうか。菅原孝支という眩しい幼馴染の隣にいても、胸を張って幼馴染だと言える女の子だったのだろうか。まぁ、たらればを並べてもどうしようもないことなんて私が一番わかっているけれど、少しだけ妄想してしまう。
もし私が学年で一番可愛いと言われるような女の子だったら。バレー部のマネージャーのあの子のように美人で聡明な女の子だったら。誰からも愛されるような愛嬌のある女の子だったら。そうだったなら、「菅原くんの幼馴染って可愛いよね」って噂されるような存在になれるのだろうか。毎日の学校生活がキラキラして見えたりするんだろうか。

「なーんてね…」

全て、妄想だけど。
ぽつりと漏れた乾いた声は、キラキラの笑顔を浮かべた幼い私にはどう届くのだろうか。


* * *



「ありがとうございましたぁー」

いつも通りの日常。緩く授業を受けて、問題にならない程度に居眠りをして、いつもの時間からアルバイトを開始する。高校の最寄り駅前にあるこの本屋にはよく烏野の生徒も訪れるけれど、今の所私のことを烏野の生徒だと認識している人はいないと思う。なんてったって影ですので。

「今の子達、なまえちゃんと同じ高校じゃない?」

「あぁはい、同級生です。」

「仲良しだったね」

さっきまでいたお客さんは、同学年の有名なカップルだった。美男美女でお似合いカップル。文化祭や体育祭では二人でインスタ映えをするという写真を撮って投稿しているらしい。県内レベルで言っても結構名が知れている。
確かに二人とも目を引いてしまうほどの顔立ちの良さだし、明るくて目立つような性格だ。どこに行くにも二人セットみたいな感じで、放課後もよくデートをしているところを見る。まぁ、彼氏の方が県外の女の子と浮気してるとかいう変な噂も聞くけれど。そういうのは本人にしかわからないことだから興味もない。

「なまえちゃんは彼氏いないの?」

「…私がいそうに見えますか?」

(自称)30代前半だという店長とレジカウンターに並びながらカップルたちの後ろ姿を見つめる。
突然野暮な質問をしてきた彼をじとりと見つめると、まるでお手上げだとも言いたげな表情で両手を上げた。自分がちょっと顔がいいからって失礼な人だ。

「でも、なまえちゃんは可愛いと思うけどね」

「……何言ってんですか」

「ほんとだよう」

今度は私が店長を軽蔑の目で見る。30代のおじさんが、何女子高生を口説いてるんだ。お客さんが見てたら警察に通報されかねないよ。


「…あの、お取り込み中すみません。」

店内にはお客さんが誰もいないと思っていたので、目の前に突然現れた長身の男の子にびくりと肩を揺らしてしまった。私と店長の会話を聞いていたであろう男の子は、怪訝そうに眉を顰めながらカウンターの上に参考書を数冊重ねる。え、まさか、なんか誤解してる?
目の前の男の子が身に纏っている烏野の制服はまだ新品でシワもないので、きっと一年生なんだろう。

「…すみません、2,380円です」

「はい」

「120円お返しです」

トレイにお釣りを乗せて渡すと、長身くんはじっと私の顔を見ていた。え、知り合い?違うよね。彼きっと一年だし、私三年だし。会ったことも見たこともないし。

「……僕何も聞いてないんで」

参考書を詰めた袋を手に取った彼は、わざとらしく私を見て声を掛ける。
え、なに?もしかして私が知らないだけで、私たちは知り合いなんだろうか。

「知り合い?俺、もしかして立場やばい?」

「私が聞きたいです」

呆気に取られたまま、長身くんの背中を見つめる。隣に立っている店長もどこか焦っている様子だった。

「俺、まだ捕まりたくないんだけど」

掴まられたら私のバイト先無くなるので、捕まるようなことしないでください。

彼がどこの何者なのか、顔と名前を覚えるのが苦手な私なりに頭をフル回転させた。けれどもやっぱり名前やクラスどころかなんの朧げな記憶すら思い出せなくて、やっぱり知り合いなんかじゃないと思い込むことにした。きっと彼と私は知り合いでもなんでもない。ただ、店長とアルバイトが少し戯れているのが気になっただけ。未成年を口説いているあまりよろしくない光景を見て見ぬ振りしてくれた優しい男の子なだけだろう。
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