なんにもわかっちゃいないくせに

マッチくんとバイト帰りに初めて一緒に帰った日から、なんだか菅原とは気まずいのが続いている。別に今までと何が変わったとかはないはずなのに、私が勝手に気まずい。バイトをしている私と遅くまで部活をしている菅原とでは、元々学校外の生活範囲と時間が被らない。だから話をしないのは当たり前なんだけど。学校でちょっかいをかけられる機会も減った気がするし、たまにあるその時間も私がそっけなくしてしまうことが多かった。
その代わりと言ってはアレだけど、マッチくんと話す機会が増えたと思う。今までは掃除の時間にお気持程度交わしていた会話も、休み時間とか、移動教室の移動中とか少しずつ増えた。

「なまえ〜!暇だったら菅原さんちにこれ持ってって!」

「はあい…」

久しぶりのバイトが休みの日。早く帰ってきた私は、リビングのソファでだらけながら溜まっていた録画を消化していた。バトルものアニメが盛り上がってきたところで、母親に呼び出しを食らう。大量に作り過ぎてしまったという唐揚げが詰まったタッパーを手渡され、渋々とヤバいダル着からちょっとだけマシなダル着に着替えた。

つっかけを履いて家から出て、20秒。菅原と示されたお家のチャイムを鳴らす。

「みょうじですー。お届け物です」

「ハイ」

菅原ママでも、弟くんでもないその声にハッとする。この時間、菅原は部活でいないはずだから油断していた。どうして…!?
内心ワタワタしているうちに玄関のドアが開かれて、ひょっこり顔を覗かせたのはやっぱり菅原だった。部屋着だろう中学のジャージの短パンとTシャツ姿で、同じようにつっかけを履いて私の目の前へやってきた。

「なんでいるの?」

「え、自分家にいたらダメ!?」

「違くて、部活は?」

「あー。今日体育館点検で、休み。」

普通だ。あまりにも普通の会話。だけどその普通の会話が久しぶりに感じられて、無駄にドキドキしてしまう。ジャージでも制服でもない、部屋にいるオフモードの菅原を見るのも久々で、絶対にそれもドキドキの要因の一つだ。

「で、なんだっけ?用事?」

壁に凭れた菅原が私のことを見下ろす。いつもバレー部員と一緒にいるから身長小さく見られがちだけど、こうやってみると普通に男の子って感じするよな…。少し見上げたところにあるその顔を真っ直ぐ見ることができずに、手元のタッパーに視線を移した。

そうそう、これを渡しに徒歩数秒かけてやってきたのだ。

「これ、お母さん作り過ぎたからって。お裾分け」

「お、やった!なまえん家の唐揚げうまいんだよなあ」

手に持っていたタッパーを差し出すと、菅原は受け取ってすぐにゆるりと頬を緩めた。確かに彼は幼い頃から私の母親が作った唐揚げが好きで、うちに遊びにきて食べては喜んでいた。母親もそれを覚えていて、菅原が来ると決まっている日は必ず唐揚げだったし、こうして作り過ぎたと嘘をつき多めに作ってお裾分けをしている。なんともあざとい母親だなと思ってしまうけど、おかげでこうして話をできているわけだから何も言えない。

「んじゃ、またね」

用事は済ませたし、そろそろ帰ろう。帰ってアニメの続きを見なければ。
踵を返したところで、菅原の手が私の腕を掴んだ。

「え、なに」

「あのさ」

「…」

パッと振り返ると、なんとも言えない真剣な表情が私を見下ろしていた。ただならぬ雰囲気を感じて後退りをするけれど、掴まれた右手に意識が集中して思うように身体が動かない。なんだ、何を言われる?

「なんで俺のこと、苗字で呼ぶの」

眉尻を下げて、少しだけ言いずらそうに放たれた言葉は、真っ直ぐ渡しに刺さった。

なんで、苗字で呼ぶのか。ずっと違和感を感じていたんだろう彼から、こんな風に直接聞かれるのは初めてだった。怖くて、触れられて欲しくなかった部分にとうとうナイフを刺された感覚。ぐっと言葉に詰まって、俯いてしまったまま顔を上げるのが怖くなった。
本当のことを話したら、菅原はどんな反応をするだろうか。軽蔑するだろうか、怒るだろうか、それとも同情するだろうか。どの反応を想定してもなんだか体調が悪くなって、思考を放棄した。

彼のことを苗字で呼ぶようになったのは、中学二年生の時からだった。幼稚園から小学校まではそこら辺の男女と同じように下の名前で呼び合ったり、仲睦まじく会話をしていた私たち。だけど、この辺りから、私も周りの女の子たちも男の子を【男子】として認識するようになっていた。男女が下の名前で呼び合うのは特別な関係な人だけだ、と私に告げたのはクラスの目立つグループに所属する女の子だった気がする。

それを言われた私は、菅原と幼馴染だと思われるのが怖くなった。

菅原くんはイケメンで友達も多いのに、幼馴染があれじゃあね。
暗い性格が移っちゃったらかわいそう〜。
なんでもかんでも菅原くんにやってもらってきたのかな?

いつしか、コソコソ話されること全てそう聞こえるようになり、自然と苗字で呼ぶようになった。だけど実は、自然とそうなったと見せかけて、実は私の中で悩んだ結果出した答えだった。その行動を、まるで全部間違いだったのではないかと思わせるような視線。

「…」

「まぁ、なんでもいいけどさ。色々あんだべ」

何も言わないままの私を見兼ねたのか、菅原はからりとした明るい口調で告げた。やっと顔を上げた私の視界に飛び込んできたその表情はいつもの菅原孝支で、それが一層私の胸を締め付けた。面倒臭いと思われるだろうけど、「前みたいに呼んでよ」なんて本人に言われてしまえば、また前のように名前を呼べるのに。

こうやって相手のせいにしたがる私は、本当に最低で醜いよなと思いながら玄関の扉を閉めた。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -