この身に宿らぬ思いとか

一週間で変わる掃除場所が2回ローテーションした頃、運動部のインターハイ予選が続々と終わりを告げて、文化部のみんなが忙しくなる時がやってきた。とは言っても無所属帰宅部の私は相変わらずバイトに明け暮れ、特になんの変哲もない生活を繰り返している。
掃除の班が同じだった運動部男子のうち一人は野球部で、惜しくもベスト4で終わりを告げたことを報告された。夏の甲子園に向けて三年の中で残る人も多いそうだ。だけど彼…、近藤くんは難易度高めの大学を志望しているのでここで引退だそうだ。高校生の部活といえば夏までで引退するイメージが強かったけど、どうやらそうでもないらしい。近藤くんがいうには残る人は少なくないらしいし、私の幼馴染だってそうだった。まぁ、菅原は元から頭も良いし要領もいいから、きっと色々うまくやるんだろうな。昔からそうだし、羨ましい。

「おーい、みょうじさん?聞いてる?」

「あー…なんだっけ。」

そうだった、今は近藤くんと話をしているんだった。引退したてでまだまだ坊主と呼べる髪型をしている長身の彼は、近頃の掃除中めちゃくちゃ私に話しかけてくる。近藤くんというありがちな苗字が覚えられにくいので、私は頭の中で親しみも込めて【マッチくん】と呼ばせてもらっている。見た目と、苗字を捩って有名な芸能人からいただいた。おかげで少し親近感を覚えて、男の子と話すのが苦手な私でも割とスムーズに言葉のキャッチボールができている。

…で、なんの話だっけ?

「今日、一緒に帰らない?」

持っている箒に体重をかけるようにして立った長身の彼に見下ろされると、少しばかり圧力を感じる。
どうやら、今まで掃除を肩代わりしていたお礼をしたいということらしい。

「私今日、バイトあるから無理だよ」

「じゃあ、バイト終わったら迎えに行くよ!遅いと家まで危ないじゃん。一石二鳥!」

ほぼ強制的に約束を取り付けてきたマッチくん。バイト終わり疲れているのに別に友達でもない人と喋りたくないよな…と思ったけれど、お礼をしたいという彼の好意を踏み躙る勇気がなかった。仮にも数少ないマトモに喋れるクラスメイトなのだから。とは言ってもバイト先を教えるのはなんだか気が引けたので、駅集合にしてもらった。


* * *



放課後から閉店の20:00までレジ打ちや品出し、バックヤードの整理を終えた私は店から出る。たまたま機嫌がよかった店長が今日は締め作業なしで上がっていいよと言ってきたので、ありがたく退勤した。

「あ、みょうじさん!」

「ま、……近藤くん」

「バイトお疲れ様」

本当に待ってた。冗談かと思った。
予定の時間よりも早めに終わったことを連絡すると、駅前の待ち合わせスポットで本当に彼は待っていた。そして本当にご飯を奢ってくれると言うので、近くのファミレスに移動する。マッチくんは男の子らしくステーキとハンバーグが合わさったセット。私はバイト前に少しお菓子を食べたせいであまりお腹が空いていなかったので、ミートソースのパスタを頼んだ。

当たり障りのない会話をしながら食事を楽しみ、普通に帰路へ着く。話も別にめちゃくちゃ盛り上がると言うわけではないけれど、沈黙になって気まずくなったりもしなかった。運動部の男の子ってみんなぐわーっとしゃべって豪快に笑うイメージだったけれど、マッチくんはそういうわけでもないらしい。
だからと言って恋とか愛とかそういう対象にはならないだろうなとなんとなく察する。やはり私は、嫌いだと思うくせに、潜在的に光属性が好きなのだから。悔しいけれど。

「ありがとう。駅までわざわざ。」

「え?家まで送るけど」

「でも、近藤くん駅だって逆だよね?悪い」

ご飯を奢ってもらっただけで充分だと言ったけれど、結局マッチくんは私の最寄りまで一緒に電車に乗ってくれた。俺が誘って遅くなっちゃったから、と。律儀で真面目な性格なんだろうな。しかし、本来であれば逆方向の子にこの後徒歩で家まで送ってもらうというのは申し訳ない。
だけどマッチくんも頑固なのだ。しかし、私もここは引くに引けない。どうしよう、と眉を下げた時だった。

「なまえ?」

「……菅原」

ちょんちょん、と背後から私の肩を叩いたのは菅原だった。バレー部の黒いジャージを着て、部活用のバックを肩から下げる。いつもどおりの菅原なのに、なんだか私がいつも通りじゃないせいで気持ちが不安定になった。マッチくんと一緒にいるところ、見られたくなかったかも。
だけど菅原はなんでもないような顔をして、「あれ、二人一緒に帰ってきたの?近藤この辺だっけ」と会話を続けた。

「みょうじさん送ってきてた!でも菅原いるなら大丈夫か。じゃあ、俺ここで!」

「あ、うん。色々ありがとう」

菅原の姿を認識したマッチくんは、片手をひらりと上げて颯爽と去っていく。その表情が一瞬何かを悩んだように見えて、それを目ざとく見てしまった自分がちょっとだけ嫌になった。きっと、幼馴染だからとか、そういうことを意識されたんだろう。
最寄りであったら、当たり前に一緒に帰るのはなんでなんだろう。幼馴染だから?幼馴染って、高校生にもなって一緒に登下校するんだろうか。少女漫画のイチャイチャ幼馴染じゃない限り、そんなことないと思っていた。いや、別に普段から一緒に帰ったりするわけではないけど、こうやって、たまたま会った時。お互い他の人といたとしても、一緒に帰るのが普通なんだろうか。普通って、なんだろう。

「…おーい、帰んないの?」

ぼうっと考えごとをしている私の顔を覗き込んだ菅原。その距離が近くて思わず後退りをする私。

「何。なんかお前おかしくね?」

「別に。早く帰ろう」

こんな風に考えて、ちょっとした行動にいちいちドキドキしたり焦ったりして馬鹿みたい。こんなこと考えるのは、いつだって私だけなのに。


帰宅してスマホを見ると、マッチくんから連絡が入っていた。俺でよかったらバイト帰りいつでも送迎するよ、と気を遣ったメッセージ。真意はわからないけど今日だって楽しくなかったわけじゃないし、身構えていたほど居心地が悪いわけではなかった。だから、別にこの返事は菅原への当てつけなんかじゃない。決して。

『うん。またお願いしようかな』

送ってしまったメッセージをもう一度だけ読み直して、スマホの電源を落とした。
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